約2.1メートル×1.2メートルのキャンバスに3人の姿が並ぶジャン・ミシェル・バスキアの『Baby Boom(ベビー・ブーム)』は、中央にバスキアの父ジェラード、右側に母マティルダ、そして左側に本人が、いずれも頭上の光の輪とともに描かれている。複雑でありながら深い絆で結ばれていた家族の関係を表現したものとされている。
何本もの太い黒線で描かれた人物は、顔の部分だけに明るい色が使われており、マティルダからは女性らしさがにじみ出ている。一方、ジェラードは上にあげた手が必要以上に大きく描かれ、強調されている。子どもに体罰を与える父であったことを、暗に示しているのかもしれない。
家族をひとつに結び付けているのは、バスキア本人の姿を取り囲むように塗られた澄んだブルーのアクリル絵の具だ。そのブルーは大きな父親の手を際立たせているが、母親の周囲にはほとんど使われていない。脚の部分を軽くかすめるように塗られているだけだ。
「21世紀イブニング・セール」に出品
木枠に張られたキャンバスにアクリル絵具とオイルスティックで描かれ、紙のコラージュも取り入れられこの1982年制作の『ベビー・ブーム』が、5月14日にニューヨークのクリスティーズで開催されるオークション、「21世紀イブニング・セール」に出品される。落札予想価格は、2000万~3000万ドル(約29億~43億円)となっている。
このオークションを主導するクリスティーズのイザベラ・ローリアは『ベビー・ブーム』について、「バスキアは3人を、より高い存在に引き上げている」と説明する。
「彼は3人を、後光や冠で飾っています。そしてこのトリプティク(三連祭壇画)の形式は、作品を見る人に祭壇画と、ルネサンス期を思い起こさせます。非常に宗教的な色合いもある作品です。自叙伝的であるだけでなく、アートの歴史にも触れています」
また、ローリアは特にマティルダについて、「顔はバスキアの作品に見られるアフリカの伝統的なマスクを思わせるものであり、体は豊穣の象徴のようです」と述べている。
さらに、3人の頭上の光の輪にはいくつもの短い線が引かれており、それは「いばらの冠」を連想させるという。美術史において、磔刑前のイエス・キリストの苦痛と屈辱を表すものとして、繰り返し描かれてきたものだ。
一方、それぞれの足元を見ると、いずれも鉄道の線路のようなラインが描かれており、3人はそれらの上に浮かんでいる。ただ、バスキアと母親の下に敷かれた線路は円を描いているものの、父親の足元の直線の線路は、中央の右寄りの部分に描かれた楕円形によって、分断されている。
作品の中のバスキアは、2本の線路の上でバランスをとっているようにも、崩しているようにも見える。2本のうち1本はまっすぐに描かれ、短い線が注意深く均等に配置されている。だが、手前のもう1本の線の上の短い線は乱雑に描かれ、さらに赤い線で描かれた楕円形によって、強調されている。



