「大胆なビジョンですよね。でも、吉田松陰は『夢なき者に成功なし』と言いました。まず夢を持つことが大切です」
吉田松陰の言葉を引いたことからもわかるように、トムセンはかなりの日本通だ。ドイツ出身で大学卒業後はホテルに勤務。日本人客と接するうちに、当時は好調だった日本経済に興味を持ち、1994年に熊本に留学して経営学や日本語などを学んだ。
帰国後は銀行やドイツの製薬会社を経て、リリーへ。異業種への転身だったが、「お客様を支えるという点で製薬業界はホスピタリティ業界と変わらない」。創薬への思いが強まったのは、前の会社でメンターとして慕っていた方が臓器障害を引き起こす病で亡くなってからだ。
「当時はその治療薬が存在しておらず……。ショックでしたが、それを機にリリーが治療薬を開発中だと知りました。こんな難病に挑むのは、すごい会社に違いない。そう思って転職を決めました」
11年にマーケティング本部長として日本に赴任。留学していた90年代と比べて日本経済は元気がなくなっていたが、「新薬の最初の波が来ていて事業は成長期でした」と、順風の中で3年間、腕を振るった。
試練を迎えたのは、19年に社長として再赴任してからである。売り上げの約7割を占める主要製品のパテントが次々に切れると同時に、コロナ禍で病院に通う人が減り、20年以降は売り上げ減が続いたのだ。
ふたたび新薬の上市の波が来て23年に業績は劇的に回復する。ただ、試練の3年間を、ただ単に耐えて待っていたわけではない。
「デジタル化を進めてアジャイルな組織へと変えていきました。コロナ禍でも、約1週間でMRが先生方とオンラインでお話しする体制を整えています。また、社員の育成にも力を入れました。複数の領域での経験を通じて幅広い知見を身につけることが可能になり、グロースマインドセットや大胆さもカルチャーとして定着してきた。3年前と比べて、組織としてはずっと強くなっています」
組織強化ができたところにケサンラやゼップバウンドといった新薬が加わり、反撃の体制は整った。「2030年に日本トップ」という夢は、ただの夢物語で終わるのか。それとも本当に成功への第一歩になるのか。これからが腕の見せ所である。
シモーネ・トムセン◎ドイツ生まれ。2002年イーライリリー・ドイツ法人に入社。11年日本法人マーケティング本部長、ドイツほか他国子会社社長、米本社でマーケティング統括バイスプレジデントを歴任。19年に日本イーライリリーの社長に就任。現在に至る。


