国民に突きつけられる現実
西側の視点から見れば、松葉づえをついた兵士を、ほぼ確実に死ぬことになる突撃に送り込むというのは、理解しがたいかもしれない。だが、人命に価値を置かない国では見え方が変わってくる。重傷を負い、補償金を受け取る権利のある兵士は、国にとって「負債」になる。どうせ死ぬのであれば、兵士が負傷の補償金請求をする前に死んでくれたほうが、国にとって都合がいいのだ。
ロシアの軍事ブロガーらは自軍の兵士の扱いについて不満を漏らしているが、影響力は小さい。これまでロシア軍の人的損害の規模は国民に隠されており、国民は現代のツァーリを支持している。ドローンの映像やソーシャルメディアが存在する時代にあって、こうした状態がいつまで続くのかはまた別の話だ。ロシア人の間では、戦争は西側の人以上に、「犠牲を払うもの」という意識が強い。それでも、松葉づえ兵が冷酷に死地送りにされている光景は、多くのロシア人に、ロシアはこの戦争に勝っていないと思い知らせるものになるかもしれない。


