鉛筆を握ってはじめて描いたものを覚えているだろうか。
それは、ぐにゃぐにゃの線だったかもしれないし、家族の顔かもしれない。うまい、下手という意識はなく、「描くこと」は、誰もが自分の内側と外側を結ぶ最初の手段だった。
そんな“描くこと”の原点に立ち返るような展覧会が、いま原宿で開催されている。「ゴミと鉛筆とアート展」。その名のとおり、主役は鉛筆だ。だが、この鉛筆には、想像を超える物語が宿っている。
会場は、原宿・キャットストリート沿いに位置するUNKNOWN HARAJUKU。展示空間には、日本の36人のアーティストによる作品が並ぶ。これら作品は、すべて鉛筆で描かれたものだ。色鉛筆による鮮やかな風景もあれば、グラファイト一本で構築された緻密なポートレートもあり、写実から抽象まで、表現の幅は驚くほど広い。
そして、その多様性は、ただの技法のバリエーションではない。どの作品にも共通して流れているのは、「鉛筆」という素朴なツールを通じて、何かと向き合おうとする誠実さだ。
会場の中央には、来場者が自由に線を引ける8メートルの白壁が設置されている。用意されたのは「CHOCOPEN(チョコペン)」と呼ばれる鉛筆。アフリカ・ガーナでカカオ豆を加工した後に廃棄されていたカカオの殻を原料に、現地の人々の手によって製造された、まったく新しい循環型のプロダクトだ。
展覧会の目的は、このCHOCOPENを「使ってもらう」ことにある。1本300円で販売され、購入されるごとに、同じ数の鉛筆がガーナの子どもたちに寄贈される。描くことが支援になる。その仕組みが、展覧会という場で自然に体験へと変わっていく。
5月2日に行われたオープニングトークでは、本プロジェクトの発起人であるNPO法人CLOUDY代表の銅冶勇人と、CHOCOPENの製造支援を行った三菱鉛筆の代表取締役社長・数原滋彦が登壇。CHOCOPENが生まれるまでの経緯と、そこに込められた想いが語られた。
「ガーナの農園地帯で見たのは、収穫後に廃棄され、山のように積まれたカカオの殻でした。でも、その地域の農家の方に『チョコレートを食べたことありますか?』と尋ねたら、『ない』と答えたんです。それを聞いたとき、“このゴミは誰のものなのか”という問いが生まれました」と銅冶。

一方、数原は「三菱鉛筆が大切にしているのは、“描くこと・書くこと”の可能性そのもの。CHOCOPENは、まだ描く環境にない子どもたちに、未来の入り口として届けられるものです」と語った。
もちろん、素材としてのカカオの殻は、加工が難しい。強度やなめらかさをどう確保するか、製品としてのクオリティをどう担保するか。三菱鉛筆の技術チームは、現地工場と連携しながら幾度も試作を重ねたという。その過程そのものが、国境を超えた協働の成果でもある。
鉛筆が、ここでは単なる筆記具や画材以上の意味を持っている。線を引く、影をつける、その一つひとつの行為が、社会や環境と静かにつながっていく。描かれた作品の背景には、誰かの営みや願いが重なって見えてくる。創造性と社会性が交差するその感覚こそが、本展の真のテーマと言えるだろう。

「ゴミと鉛筆とアート展」は、サステナビリティや社会貢献という言葉を表に掲げるのではなく、まず“描く”という身体的で個人的な行為を通じて、それを来場者自身の感覚へと落とし込んでくる。だからこそ、心に残る。