公正な労働慣行に反すると見なされる可能性も
オートタブの共同創業者ヨナス・ネルも、ニューヨークのオフィスで週6日勤務を続けているが、これは「ハッスルカルチャー」の消耗とは違うと捉えている。「今はきわめて特別な時期であり、AIブームの恩恵を受けるためには短期間集中で多少の犠牲を払う価値がある」とネルはフォーブスに語っている。
ネルと共同創業者は現在、彼らと同じく週6日働ける創業期エンジニアを募集している。「確かにこれによって応募できない人も出てくるが、それは同時に、自分たちの会社こそ時間とエネルギーを注ぐに値する存在だと納得してくれる人材を見つけるフィルターでもある」。
日曜の午後、オフィスからの電話で、ネルは仕事と生活とは別のものとして捉えるべきだという考えに反論した。「芸術の世界では、スタジオに本当に遅くまで滞在しても、誰も仕事に追い回されていると言わないでしょう」と彼はいう。「コーディングをしたり会社を立ち上げようとしていると、それがデフォルトの文化的な前提のように感じるのです」。
とはいえ、このような極端な働き方を法律で直接規制する仕組みはほぼないと、カリフォルニア大学バークレー校の雇用・労働政策専門の法学教授、キャサリン・フィスクは説明する。アメリカには連邦レベルで労働日数や労働時間を制限する法律がなく、州ごとの労働法規制に委ねられるのが実情だ。たとえばスタートアップが多いカリフォルニア州の場合、経営幹部や弁護士などの特定の専門職であること、州の最低賃金の2倍以上を稼ぐことなどを満たすと「規制免除」とされ、残業規制の対象外となる。多くのテック系人材はこのラインを容易に超えている。「もし週に8日あれば8日働くこともできるでしょう」とフィスクは言う。
しかし、こうしたやり方は、年齢が高い労働者や家庭を持つ人を排除するなど、公正な労働慣行に反すると見なされる可能性もあるとサンディエゴ大学のオーリー・ローベル労働法教授は警鐘を鳴らす。合法性はクリアしても、燃え尽き(バーンアウト)のリスクが企業にとって大きな痛手になり得るという。「私は、何日何時間働くかという『量』よりも、むしろ質のほうが格段に重要だと確信しています」とローベルは語る。
パンデミック以降、多くのテック企業はリモートワーク時代に確立したワークライフバランスを巻き戻そうとしてきたが、ときには長時間労働への反発が表面化して問題となることもある。ゲーム業界では締め切りに合わせて残業を強いる「クランチ」(Crunch)という言葉がバズワードになり、『フォートナイト』のEpic Games(エピック・ゲームズ)や『サイバーパンク』を開発したCD Projekt Red(シーディー・プロジェクトレッド)などで数カ月から数年に及ぶ「デスマーチ」が続いたという苦情が上がっている。こうした事例は、過度な残業や燃え尽きに関する厳しい批判を招いてきた。
AIによる生産性向上を実現するための、長時間労働
AI企業が週6日や週7日の勤務体制を掲げることが皮肉なのは、多くの企業がAIによる生産性向上をうたい、将来的には労働時間の短縮が見込まれると主張している点だ。JPモルガンのCEO、ジェイミー・ダイモンは2023年に「テクノロジーのおかげで、あなたの子どもたちは100歳まで生きるだろうし、がんにもかからないかもしれない。文字どおり、週に3日半しか働かない可能性だってある」と述べている。基盤的なAIモデルを手掛けるLazarus AI(ラザルスエーアイ)は今年初め、「モデルがさらに高性能化すれば、週4日労働は十分実現可能だ」と語っていた。
アロースターの創業者チョンは、そうした未来の可能性を切り開くためにこそ、AI企業はより懸命に働かねばならないと考えている。「AIの恩恵を受けようとするなら、その恩恵は他の誰かが作り上げる必要があります」とチョンは言う。「誰かがソーセージを作らなければならないのです」。


