見どころは「長台詞」
映画「今日空」の物語の骨格となる部分は、基本的には原作小説に沿って成り立っているが、大九監督の「セレンディピティ」という言葉に対するこだわりからか、脚本には映画独自のオリジナリティも色濃く存在している。
脚本を執筆する際、大九監督は登場人物のバックストーリーに新たな要素を加えたり、セリフは概ね原作を参考にしてはいるものの、そのニュアンスには微妙な陰影をも盛り込んだりしている。
また劇中で語られるセリフに関しては、大九監督の面目躍如の感もある。監督のこれまでの作品、綿矢りさの原作小説を映画化した「勝手にふるえてろ」(2017年)や「私をくいとめて」(2020年)では、登場人物たちの軽妙なセリフ回しと独特の映像が醸し出す空気感が、「いま」を感じさせる絶妙なリアリティを生んでいた。
今回の「今日空」でもその大九監督の卓越した「技」は生かされており、前半の小西と桜田の会話部分などでは、軽やかなユーモアも交えながら印象深いセリフ回しによって、次第に距離が縮まっていく2人の関係性が見事に表現されている。
また、原作へのリスペクトも忘れることなく、文庫本で6ページにも及ぶさっちゃんの長い告白の場面や、同じく5ページにも及ぶ桜田の語りなどが映画でも採り入れられ、劇中に再現されている。特にさっちゃんの告白部分は8分ほどにも及ぶ中盤の重要なシーンで、この作品の見どころともなっている。
大九監督は、この告白のシーンではあえてさっちゃんをアップで撮ることはせず、反応する小西の当惑した表情も交えながら、夜の闇のなかに彼女を置いてじっくりと独白をさせている。演じている伊藤蒼の演技も見事としか言いようがない場面だ。
桜田役の河合優実も、最後のクライマックス場面では同じく長いセリフに挑戦しており、これも心動かされる絶妙な効果をもたらしている。大九監督は、これまでも俳優たちにライブ感あふれる演技をさせることに長けていたが、この作品も例外ではない。
映画「今日空」は、大九監督がインスピレーションしたという「セレンディピティ」よって観応えある作品となっている。それが偶然に頼った安易なものとなっていないのは、ひとえに優れた作家性に支えられた大九監督の演出力のなせる技かもしれない。原作と映画の見事な融合が実現していると言ってもいいかもしれない。
ちなみに原作の小説には、映画では語られていない結末も描かれている。小説を読みながら、映画と比べて楽しむのもいいだろう。


