「セレンディピティ(serendipity)」という言葉がある。
偶然の出会いや出来事により、思いもかけなかった発見をする、そんなニュアンスで使われる言葉だ。自然科学で言えば、アルキメデスの定理の発見やキュリー夫妻のラジウムの研究がこれに当たると言われている。
もともと18世紀のイギリスの政治家で小説家でもあったホレス・ウォルポールという人物が生み出した造語で、彼が子どものときに読んだ「セレンディップと3人の王子」という童話に由来するものだ。
この童話は5世紀頃のペルシアで生まれた伝承で、ウォルポールによれば、セレンディップ(現在のスリランカ)の国の3人の王子たちが、父である王の命令で旅に出て、その途次、意外な出来事に遭遇し、当初は探していなかった新しい何かを発見する物語だという。
映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」(sorry、長いので以下「今日空」)には、「She Taught Me Serendipity」という英題が振られている。文字通り、ヒロインが主人公に自分たちの出会いについて語る場面で、この「セレンディピティ」という言葉が登場する。
大九監督が感じたセレンディピティ
「今日空」は、お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介が2020年に発表した同名小説が原作となっている。しかし、原作にはこの「セレンディピティ」という言葉は見当たらない。あくまで映画のオリジナルとして、脚本も担当した大九明子(おおく・あきこ)監督が採り入れたものだ。
大九監督は脚本を執筆する前に一度だけ原作者である福徳に会っている。その際、主人公とヒロインは「どうして大学2年生なのにあの日に初めて会ったのか」と原作に対する疑問を尋ねた。答えは「奇妙な偶然としか言えない出来事」というものだったそうで、そのときに大九監督は「セレンディピティ」という言葉が頭に浮かんだのだという。
映画「今日空」の物語では、この「セレンディピティ」という偶然によって、主人公と2人の女性との恋愛模様がきめ細やかに描かれていく。ちなみに劇中には「セレンディップと3人の王子」の絵本も登場する。
日々、意に沿わぬ大学生活を送っていた小西徹(萩原利久)は、周囲の人間たちと馴染むことなく、キャンパスでは自分を守る「盾」として、雨が降ろうが晴れようがいつも「傘」をさして歩いていた。



