サービス業のDXは省人化にフォーカスされがちだ。しかし、人手不足の打撃がもっとも大きい業界のひとつだからこそ、現場で働く人を生かし、現場力を最大化するテクノロジー「サービステック」が必要になる。
2023年9月に、サービス業が抱える課題の可視化から実行解決を一気通貫で支援するソリューション「ABILI」を立ち上げたClipLine。経営改革のコンサルティングサービスを子会社のChain Consultingが担うことで、サービス業が抱える課題の解決を目指している。省人化だけではない、サービステックの浸透で目指す未来の社会のあり方とは——。ClipLine代表取締役社長 高橋勇人と、同社取締役COO であり、Chain Consulting代表取締役社長を務める金海憲男が語り合った。
現場に入り込んだからこそ見えた
決めた施策を実行することの難しさ
——お二人がこれまで歩んできたキャリアと、サービス業の課題に注力するようになったきっかけをお聞かせください。
高橋勇人(以下、高橋):新卒でアクセンチュアに入り、金融やIT、通信業界の大手企業に対して、ITシステム導入などの提案と導入など経験したのち、より経営課題に向き合うため、前職のジェネックスパートナーズに転職しました。そこでコンサルタントとして、全国に店舗展開をしているアミューズメント企業や大手回転寿司チェーンなどに対するバリューアップを手掛けたんです。
店舗展開するサービス業を担当して痛感したのは施策実行の難しさです。製造業や金融業では、設計された商品はそのまま品質が担保され市場に送られます。しかし多店舗展開企業では、本社の決定がそのままお客様に届くとは限りません。本社が「この温度で提供」「この盛り付けで提供」とメニュー開発しても、現場のクオリティにはバラつきが出ます。指示自体が実行されないケースもあり、人手を介する事業の難しさを実感しました。
リアル店舗の価値創出源泉は人のオペレーションであり、人手不足の影響を強く受ける業界です。現場スタッフのパフォーマンス向上が売上に直結します。
金海憲男(以下、金海):私は新卒で日本航空に入り、技術系総合職のエンジニアとして整備の企画部門で事業計画づくりを経験したのち、高橋と同じジェネックスパートナーズに入りました。
大手飲食チェーンを担当しながら課題と感じたのは、施策が現場に落ちないこと。マネジメント層の教育不足が原因です。店長やミドルマネージャーの多くはマネジメントを体系的に学んでおらず、経験値に基づく自己流の指示で施策にアレンジが入ります。企業規模が大きくなるほど"職人肌"のマネジャーが増え、自身の感覚で運用するため、バラつきが拡大します。
高橋:前職で金海と共に担当していた大手飲食チェーンでは、本社内の会議室に常駐し、“中の人”としてコンサルティングを行った経験があります。毎週月曜に、経営層と顔を突き合わせながら全ての会議に出席し、火曜日にはその内容が営業に伝わり、水曜日以降に現場で実行される。そんなプロセスを追う中で、トップが決めた施策が現場にどう伝わり実行されるのか、現場に行くと何が変わってしまうのか。あらゆるケースを目の当たりにしたことが、ClipLineの創業につながっていきました。

現場で生じる3割のズレを埋める
「サービステック」の可能性
——ClipLineでは、「人の手による付加価値の創出」を実現する「サービステック」の提供を掲げています。ClipLine創業に至った経緯や社会課題に対する思い、2023年に立ち上げた「ABILI」が大事にしている考え方についてお聞かせください。
高橋:多店舗展開しているサービス業の企業変革や業務改善を数多く手掛けてきた中で、業種を問わずどの企業にも共通して「トップ」「ミドル」「現場」の3階層があり、課題には組織構造に由来する一定のパターンがあることに気づきました。あらゆる業界で共通して活用できるITサービスをつくっていくほうが、世の中に対するインパクトが大きく、世の中の役に立てるのではないかと思い、ClipLineの立ち上げに至ったのです。
金海: ClipLineの「できるをふやす」というミッションを聞き、「このサービスなら、マネジメントのバラつきという店舗ビジネスの構造が生む難題を解決できる可能性があるんじゃないか」と思えたんです。
マネジメント層の経験値で動く現場では、7割は正解を導くことができたとしても、残り3割では間違いやズレが生じます。サービス業が抱える課題を可視化できれば、そのズレをファクトに基づいて補っていくことができる。その思想に共感しました。
高橋:プロダクトの拡張を契機に、2023年9月に立ち上げた新ブランドである「ABILI」は、サービス業に関わる人を活かしエンパワメントする「サービステック」です。サービス業に対するDXというと、省人化、省力化、機械化といったことがテーマになりがちですが、それらでカバーできる範囲が限られるのがサービス業だと思っています。身体性に根付いた"暗黙知"があまりにも多く、そもそもデータになっていないので、AIの学習対象にもなりづらい。
インターネットでなんでも買えるいまの時代に、店舗でお客様が求めるのは何か。サービス業の本質的な価値とは、人が商品やサービスを届けるという、「人の手による付加価値の創出」にあるはずです。人にしか実現できないサービスが差別化の源泉にあり、省人化では価値を高めることはできません。

金海:人の力を大事に思えなかったら、そもそもサービス業は成り立たない。どう生かすかを考えることが経営の根幹にあるのではないか、というスタンスは共通しています。
ここ数年で、サービス業のDXが「どう人の付加価値を高めるか」のほうに向いてきた印象があります。マーケットが縮み、お客様が選びたい放題の買い手市場になったとき、リアルな店舗にわざわざ足を運ぶということは、人が介在する価値を体験したいからなのではないでしょうか。
いま手掛けている事業の“本当の価値”を
どう最大化できるか
——「ABILI」立ち上げと同時期に、子会社としてコンサルティングの専門家集団Chain Consultingを設立しています。ClipLineとの連携により、どのような相乗効果を生んでいくのでしょうか。
高橋:ClipLineの主力事業はSaaSビジネスであるABILIシリーズの展開です。プロダクト活用推進のためにカスタマーサクセス部門がありますが、そこで対応しているのは現場の教育担当者やスーパーバイザーを束ねるマネジメント層などです。私たちがもともとやってきた経営改革とは少し距離があるため、「本当はこういう使い方をしてくれたら効果が出るのに……」というもどかしさを感じることがありました。
例えば経営者とは「経営改革ツールとして導入しよう」と盛り上がるのですが、いざ現場で使い始めると活用用途が限定的になってしまう。そうした状況は多々起きてしまうんです。現場の実行支援を行うコンサルティングサービスを始めなくては、経営陣と現場の溝は埋まらないと考え、コンサルティングに特化した子会社を作ることにしました。
金海:お客様の持続的な成長のために何が必要か。長期利益を生み出せるような体質改善を目指し、現場の状況をモニタリング・可視化できる体制づくりを進めていきます。お客様からChain Consultingにコンサルティング依頼をいただきプロジェクトがスタートするケースもありますし、「ABILI」を導入しているお客様から「ツールを入れて終わりとならないように一緒に社内改革を進めていってほしい」と依頼いただくこともあります。「ABILI」と連携することで、効果の最大化につながると考えていますが、コンサルティングサービスのみご希望されるお客様にも真摯に向き合います。連携するかどうかもお客様次第。別法人化したことで、お客様のニーズにフラットに応えられる体制になっていると思っています。

——サービステックの提供を通じて、これから実現したい事業としてのビジョン、実現したい未来像をお聞かせください。
高橋:常に目指しているのは、「お客様に対する付加価値の総量を上げる」ということです。
創業以来提供してきた、現場育成や施策実行を実現する「ABILI Clip」に加え、顧客満足度調査の実施・分析を行う「ABILI Voice」、カスタムダッシュボードで価値向上プロセスを可視化する「ABILI Board」、スキルマネジメントのデジタル化を行う「ABILI Career」と、お客様のニーズに応えるかたちでサービスを拡充させてきました。
一方で、課題解決を全部自社でやろうとは思っていません。例えば、お客様が使っている勤怠システムやシフト管理システムなどと積極的につなぎこみ、そのすべてが「ABILI Board」で見られる状態にしていきたい。お店の課題がファクトベースでわかり、スタッフの教育がお店の課題に基づいて改善されていく世界をつくっていきたいんです。
金海:私たちの考え方の根底にあるのは、お客様のビジネスが持っている潜在力をすべて出し切る、ということです。コンサルタントとしてお客様に向き合うとき、いま手掛けている事業の"本当の価値"をどう最大化できるか、という点にのみフォーカスします。
日々向き合っているのは、人口減の時代でどう人の付加価値を高め、どう成長させていくかという終わることのないテーマです。事業の潜在力を発揮しきるには、施策を作る側を見るだけではなく、それを受け取る現場が継続的に実行できるようにサポートしていくことが非常に重要です。コンサルタントとしてフロントラインに立ち続け、新しい、まだ経験したことのない課題に立ち向かいながら、ABILIに必要な要素を還元していきたいと思っています。
ABILI
https://service.clipline.com
Chain Consulting
https://chain-c.co.jp/
たかはし・はやと◎ClipLine代表取締役社長。アクセンチュア、ジェネックスパートナーズにおいてコンサルタントとして多数の多店舗展開企業の経営改革を主導。業界最大手の外食企業では、「変革請負人」として売上数百億~1千億円規模の業績向上と組織変革を完遂。2013年に独立し、ClipLine創業。AIなど先端技術の応用可能性を検証する一方で、サービス業の価値の源泉である人材の育成こそが真の生産性向上につながるという思想を持つ。
かなうみ・のりお◎Chain Consulting代表取締役社長、ClipLine取締役COO。日本航空を経て、ジェネックスパートナーズに参画。複数の多拠点ビジネス展開企業のターンアラウンドフェーズにおいて、クライアントの内部に入り込むハンズオン型で業務改革、マーケティング、新商品開発等で多数の財務成果を創出。ClipLine参画後は取締役COOとして様々な企業の戦略実行マネジメント再構築を支援し、多数の実績とそれに基づく企業変革の知見を有する。