「非合理な悲観主義」への転落
しかし、1980年代から続いたバブル経済は、90年代初頭に崩壊。日本は「失われた10年」とも呼ばれる長期低迷に突入しました。実際には、それ以上の長期にわたって経済成長が停滞し、不動産価格は下落し、銀行は不良債権に苦しみました。このバブル崩壊のトラウマは、国民全体の心理に深刻な影響を及ぼしました。社会全体に悲観的な空気が広がり、経済指標だけでは説明しきれないほどの「非合理的」な悲観論が蔓延していったのです。しかし、日本には依然として多くの強みがありました。世界最高水準の技術力や高い貯蓄率、優れたインフラ、文化的結束力、そして真面目で勤勉な国民性です。それにもかかわらず、国民感情も企業の行動も、極端に慎重になっていきました。
そして、日本経済は長期にわたってインフレではなくデフレが常態化しました。消費者は「後から買ったほうが安くなる」と考え、消費を先送りするようになりました。需要が低迷すると、企業も投資を控えるようになりました。その結果、経済の勢いが鈍化し、社会全体が停滞していったのです。さらに、市場が再び暴落するのではないかという不安から、個人も投資を控えるようになり、ひたすら貯蓄に走りました。このデフレマインドは社会に深く根付き、歴代の日銀総裁が繰り返し指摘してきたように、日本経済にとって最も手強い心理的な壁となっていったのです。
企業レベルでは、大企業は大胆な事業拡大や買収を避ける一方で、総額250兆円を超えるほどの膨大な手元資金を貯め込みました。スタートアップにとっては、失敗が忌避される風潮の中でリスク資本を確保することが大きな課題となりました。このようなリスク回避の姿勢は、明治時代や戦後の挑戦的な姿勢とは対照的です。社会全体でも、多くの日本人が自分や国の未来に希望を持てず、挑戦を避ける空気が広がっていきました。特に若い世代の間では、世界的に見ても際立った悲観的傾向があることが様々な調査で示されています。例えば、2018年のピュー研究所の調査によると、「今の子どもたちは親世代より豊かになる」と考える日本人は、わずか15%にとどまりました。
こうした悲観的な考え方が広がることで、日本の発展や成功の可能性が阻まれているのが現状です。日本は今もなお、世界トップクラスの技術力や高水準の研究開発投資、そして優れた教育を受けた労働力を誇っています。しかし、個人や企業、政府が常に最悪の事態を想定し続ける限り、新たなチャンスへの投資が不足し、成長の機会を逃しかねません。


