クマムシが優れた回復力を持っているのは、 「生」でも「死」でもない第3の生命状態とされる「潜伏生命(クリプトビオシス:cryptobiosis「隠された生命活動」)のおかげだ。一種のバイオスタシス(Biostasis:生物学的停止状態)であり、生命活動のほぼすべてを一時的に停止し、乾燥してガラス化する。こうした「仮死状態」に陥ったクマムシは、極度の寒さや、焼けつくような熱さのなかでも、放射線を浴びても、生き延びることができる。
地球が生んだ最強動物の代表であるクマムシは、現在もまだ宇宙空間にいるかもしれない。数千匹のクマムシを載せていたイスラエルの月探査機「ベレシート」が2019年、月面着陸に失敗して、月面に激突したのだ。衝撃圧力が高かったため生存確率はかなり低く、水がなければ復活させることも不可能だが、月面で凍ったまま、眠り続けているクマムシもいるかもしれない。
3. 忘れ去られていたフランスの「宇宙猫」
フランスは1963年10月18日、白黒ぶちの野良猫を宇宙へと打ち上げた。のちに「フェリセット」と名づけられたこの猫は、観測用ロケット「ヴェロニクAGI 47」に乗せられ、準軌道(周回軌道に乗らず、弾道軌道を描いて飛行する軌道)へと向かった。フェリセットは、フランス航空医学教育研究センター(CERMA)が宇宙飛行のために訓練を行なった猫14匹のうちの1匹だった。
猫たちは、強力な重力加速度(G)にさらされたり、狭い空間に閉じ込められたりと厳しい訓練を受け、任務に向けて準備した。フェリセットは、ロケットの先端部分に収納され、短時間で高度157km、つまりカーマンライン(高度100km)を57km超えた宇宙空間に到達したあと、5分間の無重力状態を経験した。
フェリセットの頭蓋骨には電極が埋め込まれており、神経学的データが地球へと送られてきた。そのデータからは、宇宙旅行が生命体に与える影響について知見が得られた。
驚くことに、フェリセットは宇宙飛行を耐え抜き、地球に無事帰還した。しかし、帰還後まもなくして安楽死させられた。科学者チームが解剖を行って分析するためにだ。
宇宙に行ったフェリセットの物語は、さほど知られないまま何十年もの年月が過ぎた。ライカをはじめ、宇宙に行ったほかの動物が有名になっていく一方で、フェリセットは注目を浴びることなく忘れ去られていった。
その存在がようやく公に知られたのは2019年。フェリセットが宇宙探査で果たした功績を称えて、フランスのストラスブールにある国際宇宙大学に銅像が建てられたときだった。