20世紀の英作家ジョージ・オーウェルの『1984年』を読んだソビエト連邦の国民は、オーウェルが一度もソ連に足を踏み入れたことがないにもかかわらず、同国の現実をこれほど見事に描写していることに驚いた。
独裁政権による抑圧や心理的虐待、歴史の捏造(ねつぞう)は、オーウェルの『1984年』のひな形となったソ連の崩壊とともに消滅したわけではない。ロシアの指導者ウラジーミル・プーチン大統領は、これらの慣行を21世紀に実践しているからだ。
戦争は平和なり
ソ連出身の作家で英BBCワールドサービスのロシア語編集者でもあったマーシャ・カルプは著書『ジョージ・オーウェルとロシア』の中で、両者の関係に光を当てた。カルプは、プーチン大統領がソ連に倣い、歴史を捏造し、現在の出来事をねじ曲げてウクライナへの侵攻を指揮していることは、オーウェルの作品が今もなお重要な意味を持っていることを示していると強調する。
「プーチンのロシアは何年にもわたって全体主義に向かっていたが、ウクライナ侵攻が引き金となり、ロシアは数日のうちにオーウェルが描いた不条理な全体主義の怪物にさらに酷似した様相を呈するようになった。『戦争』という言葉は即座に禁止され、起訴の恐れを覚悟の上で『特別軍事作戦』という表現に置き換えるよう命じられた。(『1984年』の舞台となった架空の国)オセアニアのスローガンである『戦争は平和なり、自由は隷従(れいじゅう)なり、無知は力なり』と書いたプラカードを掲げて街頭に出た国民は拘束され、オーウェルの小説を無料で配布した男性は『ロシア軍の信用を失墜させた』として、行政犯罪で起訴された」
ウクライナ系米国人記者のユリア・デービスは、ロシア国営テレビが放映した番組について次のように批判した。「ロシア国営メディアRT(旧ロシア・トゥデー)のマルガリータ・シモニャン編集長と部下のプロパガンダ担当者は、西側諸国がロシアにウクライナ人の殺害を強要しており、ウクライナ人が自らを哀れむ以上にロシア人がウクライナ人を哀れんでいると主張している。これを聞けば、オーウェルですら驚くだろう」
豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドは、ロシアのオンライン書店リトレスで2022年に最も多く売れた電子書籍は、オーウェルの『1984年』だったと伝えた。同著の中でオーウェルは、報道機関や歴史書をはじめ、社会のあらゆる情報伝達手段を統制する全体主義国家に生きる従順な国民や、控えめに反抗する国民の姿を描いている。



