オーウェルは、全体主義体制の下では文学を生み出すことなどできないと考えていた。ソ連の作家、特にスターリン時代の作家は出版を期待せずに創作した。多くの作品は、作家の死後何年も経ってから出版されることが多かったからだ。2022年、ロシア軍がウクライナに全面的に侵攻すると、多くの作家やジャーナリストがロシアを去った。
スターリンをはじめとするソビエト時代の指導者は教会を破壊し、ロシア正教会の信者を迫害していたにもかかわらず、2023年8月のロシアでは、スターリンをたたえるために建立された新たな銅像を正教会の司祭が祝福した。もしオーウェルが現在も生きていたら、これに着目したことだろう。
カルプの『ジョージ・オーウェルとロシア』には、次のような記述がある。
● 『1984年』の中で、ウィンストン・スミスが拷問官から「2+2=5」であることを認めさせられる場面は、1931年のソ連で実際に発行された「2+2+労働者の熱意=5」と書かれたポスターをもとにしている。
● ソ連ではオーウェルの著書『1984年』や『動物農場』の海賊版が出回っていたが、同書を所有すれば5年の懲役刑に処される可能性があった。
● ソビエト当局が『1984年』を攻撃した時とは異なり、『動物農場』ではスターリンが豚として描かれていたため、当局はそれについて何らかのコメントをすることを恐れた。
● ソ連の当局者は、国民に対しては『1984年』や『動物農場』を含む外国書籍を禁止しながら、これら禁書の翻訳を秘密裏に命じ、自ら作品を読めるようにしていた。
オーウェルの全体主義の定義に合致する現代のロシア
オーウェルは「合法的な反対意見を認めず、言論と出版の自由を抑圧する一党独裁政権によって統治されている国は全体主義国家と見なされる」と定義している。カルプは、プーチン大統領がメディアを掌握し、反対派を拘束したり暗殺したりしながら、野党候補が自由選挙で権力を握れないようにすることで、時間をかけて支配力を獲得していったと指摘する。
オーウェルは1946年、ソ連の作家エブゲニー・ザミャーチンの『われら』について書評を執筆した。『われら』はロシア革命の直後に書かれ、オーウェルの作品にも影響を与えた。オーウェルはザミャーチンの『われら』に描かれたディストピア(暗黒世界)を引用し、「国家の指導原則は、幸福と自由は両立しないということだ」と記している。
見せかけを取り除けば、独裁者のメッセージが現れる。「自由を放棄し、頭上に鉄拳を振りかざして支配されることに従わない限り、幸せにも安心にもなれない」。オーウェルが今日のロシア人に伝えたメッセージは、自由と幸福は共存し得るもので、独裁者は自由より圧制を推し進めるためにうそをつくということだ。


