プーチン大統領は、ロシアで「大祖国戦争」と呼ばれる第二次世界大戦中のナチスドイツとの戦いでソ連が勝利したことを、自らの政権の正当性の中心に据えた。そのため、同大統領はソ連が一時的にナチスドイツと同盟関係にあった(訳注:両国は独ソ不可侵条約を結んだ上でポーランドに侵攻した)ことを否定し、それに反論する歴史家を罰するというソビエト時代の慣行を復活させた。
『1984年』を出版する以前、オーウェルは「(国民を洗脳するための)うそを組織化する巨大なシステムやラジオ放送の悪質な利用、国家に統制された教育など」、独裁的な権力を握る指導者の危険性を描く意向を示していた。
スターリンとオーウェル
1917年のロシア十月革命後、1920年代に頭角を現したヨシフ・スターリンは、1953年に死去するまでソ連を統治した。スターリン政権下の1930年代、飢饉(ききん)の発生で数百万人ものウクライナ人の生命が奪われたほか、ソビエト国民は西側諸国の市民よりはるかに貧しい生活を強いられた。国民は出国を禁じられ、食料や衣料をはじめとする物資不足に悩まされるなど、一種の監獄状態で暮らしていた。スターリンは東欧諸国にもソ連の支配を拡大し、支配下の外国の住民にも自由や経済的繁栄のない生活を強制した。さらに言論の自由を剥奪し、数百万人もの国民を処刑・投獄する大粛清を行った。粛清の対象には経験豊富な軍指導者も多数含まれていたため、ソ連は第二次世界大戦に対する準備が十分に整っていなかった。
現代のロシアで政治犯として投獄されていた反政権活動家のウラジーミル・カラムルザは、ソ連崩壊後に公文書を公開してソ連の過去を批判しなかったことで、プーチン大統領に独裁制をロシアに復活させる機会を与えてしまったと考えている。カラムルザは米紙ワシントン・ポストへの寄稿で、次のように述べている。「すべての公文書は公開されるべきだ。ソビエトとプーチン両政権によるすべての犯罪は国家レベルで適切な評価を受けなければならない。これらの犯罪に関与したすべての組織、とりわけロシア連邦保安庁(FSB)は解体されるべきで、犯罪者たちは法的責任を負うべきだ」
オーウェルの『1984年』では、主人公のウィンストン・スミスが、スターリンをもとにした架空の指導者「ビッグ・ブラザー」を愛するよう、国家から強制された。先述のカルプは、「『1984年』の最後の言葉は非常に説得力がある。スターリンへの愛こそが求められたのだ!」と記述している。「この小説の主眼は、そしてこれはソ連の読者にも十分に理解されていたことだが、国家の容赦ない圧力の下での人間の弱さにある。つまり『人の顔を永遠に踏みつけているブーツ』だ。『自白』を要求されるスターリン政権下の強制収容所にいた数百万人もの人々にはよく知られていたことだが、それは単に拷問下での人間の弱さだけではなく、心を操作して個人の人格や抵抗する力を破壊しようとする全体主義国家の組織的な取り組みの下での弱さだった」


