生物由来の有機物には脂質、タンパク質、炭水化物、核酸などがあるが、脂肪酸は脂質の主要な構成要素のひとつ。もしキュリオシティが検出した炭化水素が脂肪酸の断片だとすれば、それは化学進化の証拠となり、生命起源の解明により近づく。
生物に由来しない有機物
有機分子は生物を形成する要素ではある。ただし、火星で生命の痕跡を見つけることの難しさは、生物を由来としない有機物も存在することにある。それらの非生物由来の有機物が自然界に生まれるプロセスは、地熱による化学反応と、宇宙環境の2つがある。
地球における生命の起源は、海底の熱水噴出孔にあると考えられているが、非生物由来の有機物は、熱水噴出孔や火山活動による熱化学反応でも生成される。地表に水があった太古の火星にも熱水噴出孔は存在したと考えられ、こうした地質プロセスによってメタン(CH4)や脂肪酸などの炭化水素が生成される。
宇宙環境とは、放射線や紫外線のほか、隕石などによって発生する高温高圧な環境を意味する。物質がその環境にさらされると化学反応を起こして有機物が生成されるが、この場合はナフタレン(C10H8)などの炭化水素、酢酸(CH3COOH)などの有機酸、メタノール(CH3OH)、エタノール(C2H5OH)などのアルコール、さらにはグリシン(C2H5NO2)やアラニン(C3H7NO2)などのアミノ酸が生成される。
一方、ガンマ線、X線、宇宙線などの放射線は有機物を分解する。火星の大気密度は地球の1%程度しかなく、地表に放射線や紫外線がふんだんに降り注ぐ。そのため生物由来の有機物があるとすれば、地中や岩石中に存在すると考えられる。
上に列記した化学式を眺めると、その分子構造が比較的単純なものが多いことが分かるが、それが非生物由来の有機物の特徴といえる。そのなかで今回、デカン、ウンデカン、ドデカンという、過去最大の分子構造を持つ有機物が発見されたことは、火星に生命の痕跡を探す過程において大きな意味を持つ。
火星サンプルリターンの重要性
キュリオシティは非常に優れた探査機だが、その分析能力にも限界がある。同機が搭載するSAMは、検出された有機物が生物由来かどうかを直接的に判別する能力を持たないので、分析データから間接的に推測するしかない。そのためNASAは火星サンプルリターン計画(Mars Sample Return, MSR)を計画している。火星の有機物を地球に持ち帰り、最新の科学機器で分析することで、火星の生命の痕跡を高精度に探るのだ。


