ひとりのアーティストとしてやりたいことを追求するなら、その延長線上でも可能だった。しかし選んだのは起業の道だった。「30歳に近くなって、若いアーティストから相談を受ける機会が増えてきたんです。例えばNovel Coreは、10代のころに『高校生RAP選手権』でラッパーとして注目を集めるかたわら、恋愛リアリティショーにも出演。それで一部から批判を受けることもありました。
幸い、僕は運と縁に恵まれてギリギリのところでアーティストとして生き残ることができました。でも、つぶれていったり花が咲かなかった仲間も少なくない。かつての自分と同じような悩みを抱えている若い才能を見殺しにしていいのか。過去の自分を直接救うことはもうできないけれど、彼らを救うことができれば、自分が苦しんだことに何か意味をつけられるんじゃないか。そこで会社をつくって大きくしていくビジョンが浮かんで。経営の勉強を始めて、20年にBMSGを立ち上げることにしました」
「才能を殺さないために」という強いスローガンを掲げたのは、自分や後輩たちがすり減ってつぶれかけた経験があるからにほかならない。居場所のなかった人間の魂の叫びなのだ。
ただ、アーティストの自分らしさを肯定すればファンの熱狂が生まれるわけではない。BMSGの所属アーティストがみる者の感動を呼ぶのは、何よりもまずパフォーマンスが優れているからだ。実は「才能の原石を発掘する」というビジネス上の戦略としても、このスローガンは重要だった。「日本の音楽業界では、アイドルとラッパーは両極端なイメージがあります。どちらにも解決すべき課題はありますが、この先の業界にとってのいちばんの宝は、それらのジャンル分けではじかれたところに眠っているはず。そんな“殺されそうな才能”を掘り起こして光を当てたかった。日本の音楽業界の健全な成長にもつながると信じています」
その意志はBMSGの初のオーディションでもあったTHE FIRSTから徹底されているが、ちゃんみなにプロデュースを委任したノノガにも引き継がれている。
スタートにあたってちゃんみなは「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください。」と呼びかけた。その呼びかけに応じて世界各国から集まった7000通は、まさにダイヤの原石だった。例えばダンス・歌唱歴14年と豊富な経験をもちながら、自信のなさが態度に表れていたCHIKA。ダンスや歌唱を競うノノガの三次審査で一度見送りとなったものの、ほかの才能を見いだされて急きょ追加された3.5次審査で夏合宿参加となったMAHINA。彼女たちのように、ノノガのコンセプトがあったからこそデビューにたどり着いた才能がある。そんな原石を集めて結成されたHANAは、メジャーデビュー前から話題を集めていた。
人間は規格品ではない。だからある種のいびつさこそを才能と呼び、磨いていく。それがSKY-HIが確立した勝ち筋だった。


