それを聞き、長年の苦労が報われて、ようやく安堵した俊樹だったが、実はフミ子に対しては不安を覚える過去の不思議な経緯(いきさつ)があった。
フミ子は小学校へ入学する前に高熱を出して、その日を境に急に人が変わったように大人びていき、俊樹が案じて彼女のノートを盗み見ると、そこには難しい漢字で見知らぬ人間の名前が羅列されていた。
そこに書かれていた名前は「繁田喜代美」。フミ子に問いただすと、どうやら彼女にはその女性の記憶があるのだという。無差別殺人の犠牲となり23歳で命を落とした繁田喜代美は、フミ子が生まれた日に病院へ担ぎ込まれ、まさに2人はそこで一瞬だけすれ違っていた。
死にゆく人間の記憶が、これから生まれようとしている新しい命に乗り移る。まさに「花まんま」は「生まれ変わり」の物語でもあるのだが、フミ子と喜代美が病院で交差する場面は、このファンタジックな設定にさりげなくリアリティを与えている。
同じく有村架純が主演した映画「月の満ち欠け」(2022年)も生まれ変わりを題材にした映画だったが、この「花まんま」でも1人の人間のなかに2人の人格が存在するという複雑な役柄を、有村は情感豊かに演じている。
当時、妹から信じがたい話を聞かされた兄の俊樹だったが、さらに記憶はフミ子の7歳の誕生日の出来事へと飛ぶ。この日「兄やん、一生のお願い聞いて」とフミ子から頼まれたのは、自分を滋賀県の彦根に連れて行って欲しいというものだった。
俊樹とフミ子が住んでいたのは大阪の下町。10歳の俊樹にはちょっとした冒険ともなるのだが、2人は電車を乗り継いで、それまで訪れたこともない滋賀県の彦根へと向かう。そしてフミ子の記憶を頼りに辿り着いたのは、風見鶏が目印の「繁田」の家だった。
娘の不幸な死をいまだに受け入れられぬ喜代美の父親、繁田仁(酒向芳)の痩せ細った姿を見たフミ子は、繁田の家を辞去した後、俊樹に頼んであるものを届けてもらうことにする。それは喜代美が幼い頃によくつくって遊んでいた「花まんま」の弁当だった。フミ子の誕生日は喜代美の命日でもあったのだ。
原作小説の「花まんま」は、この後、大人になった妹が明日結婚するという兄の呟きで終わるのだが、映画ではさらにその先の物語が描かれていくことになる。
原作と映像の関係については、よくどのようにあるべきかと争点になることも多いが、この映画「花まんま」においては、実に幸福な「化学反応」が生まれている。原作者の朱川湊人氏は映画化に寄せて次のような言葉も寄せている。
「今回の映画化の際には、原作をそのままに生かしつつストーリーを膨らませ、見事に世界を広げていただきました。私の手が届かなかったところにまで気持ちが届いていて、原作者冥利に尽きるというものです」


