地元サハ共和国の先住民族であるヤクート人は、バタガイカ・クレーターを「地下世界への門」と呼ぶ。直径1kmのこのクレーターはいまや、過去をのぞき見ることができる、最も貴重な窓口の一つだ。
永久凍土層の崩壊に伴って、何万年の前の貴重な化石が姿を現しつつある。2024年には、近隣住民が同クレーターで、驚くほど保存状態のよい赤ちゃんマンモスの死体を発見した。「ヤナ」と名付けられたこのマンモスは、5万年も埋まっていたのに、皮膚や耳、まつ毛までもが当時のまま残っていた。
バタガイカ・クレーターでは、20万年以上も埋まっていた森林も露出した。花粉記録と古土壌(古い地質時代に生成された土壌)が保存されていたことから、科学者はそれらを使って、最終間氷期(およそ13万年~11.5万年前)に起きた気温の変化によって、この土地がどう変化したのかを再現しようとしている。
クレーターはさらに拡大する見込み
バタガイカ・クレーターは、1960年代に形成されて以降、ひたすら拡大を続け、現在では年間30mも広がっている。ここ30年で大きさは3倍になり、より深い永久凍土層が露出して、古代に閉じ込められた炭素が放出されている。
地球温暖化が進むと、それまで凍っていたものが思いがけない動きをすることがある。2016年には、シベリアのヤマル半島で突然、炭疽菌が拡散した。きっかけは、70年ほど前に炭疽菌の感染で死んだトナカイの死骸が融解したことだと見られる。永久凍土層のなかに閉じ込められていた菌が放出されたことにより、数十名が感染し、子ども1人が死亡した。
永久凍土層の融解がこのように進んでいることで、さらに古い時代の微生物がいずれ復活する恐れもある。実際2014年には、永久凍土に3万年も眠っていたウイルスが蘇生され、感染力が確認された。ただし現時点では、このウイルスが感染したのは特定のアメーバだけだ。それでも、永久凍土層から他にどんなものが見つかるのかは誰にもわからない。
問題は、未知の微生物に限らない。バタガイカ・クレーターの裂け目が深さを増していることは、気候危機の直接的な原因にもなる。クレーターの下にある永久凍土層には、膨大な量の二酸化炭素やメタンが蓄積されているのだ。クレーターが拡大すれば、そうしたガスが大気中に解き放たれ、温暖化が加速し、クレーターの崩壊がさらに進むだろう。こうしたフィードバックループが、地球環境にとって最も緊急性の高いティッピングポイント(不可逆的な転換点)の一つになると科学者たちは考えている。
バタガイカ・クレーターで永久凍土層が融けるたびに、長らく忘れられていた世界の遺物が姿を現す。それとともに、私たちが暮らす世界を作り替えてしまうかもしれない力が世に放たれる。
気候と時間によって切り込まれたこの大きな傷口から、地球は語りかけている。問題は、私たちがその声に耳を傾ける用意ができているか否かだ。
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