2. 現実の認識が歪む
過去を理想化して生きていると、たとえそれが心の中だけでも現実の人生が耐えられないほどつまらなく感じられることがある。こうだったらよかったのに、と想像する時間が増えれば増えるほど、過去の別バージョンは理想化され、非現実的になっていく。
うまくいかなかった出来事があり、それについて思考は堂々巡りになり、平穏を切望するというというおなじみのループだ。だが人々が身動きが取れなくなってしまうのは往々にして記憶そのもののためではなく、「こうなるはずだった」という空想のためだ。
「空想の傾向」についての研究によると、空想に走りがちな人がおり、そうした人は自分が生きている現実よりも鮮明に感じられる想像上の現実に簡単に浸ってしまうことが分かっている。それは単なる受動的な習慣ではない。
専門誌『パーソナリティ・アンド・インディビジュアル・ディファレンシーズ』に2018年に掲載された研究で、空想癖のある人、特に鮮明な想像の世界に深く浸ってしまう人は、熟考や自責のような不適応な対処を行うと心理的苦痛を味わう可能性が高いことがわかった。「あるべき姿」をより鮮明に想像すればするほど、「あるべき姿」と現実との差をよりリアルに想像してしまう。
空想する代わりに以下のようなことを試すといい。
・過去を閉じ込める儀式を行う:脳がある瞬間を何度も思い返すようなら、こうなってほしかったと思うことすべてを書き記す。そして書いた紙をたたむ。それを日記や箱、引き出しなどに物理的にしまうことで、次に進んでもいいのだと言い聞かせる。
・注意を別のところに向けることで想像の反芻を制限する:注意を向けるものがなければ、繰り返し考えてしまうものだ。散歩やちょっとした創作活動、有意義な会話など、30分でも何かすることで考え込むサイクルを絶って現実に戻ることができる。
・注意散漫になるのではなくマインドフルネスを実践する:「考えないようにする」という無駄な練習を強いるのではなく、通り過ぎる雲のように思考に気づく練習をしよう。「またあの話か」と自分に言い聞かせ、自分がしていたことに徐々に戻る。
過去を嘆くだけでなく、別バージョンの過去が存在しなかったことを嘆いているのだ。そうした過去との比較が日常生活を退屈に感じさせ、人々を失望させ、目標を無意味なものにする。だが「今」に戻る練習をすればするほど、人生を再びリアルに感じられるようになる。完璧でもなければ、映画のようでもないが、生きがいがあり、有意義で、これから自分の手で切り開いていける人生となる。


