日本でも幻の「鶏西冷麺」に出くわした
「辺境ガチ中華」と言えば、ちょうど1年ほど前、ガチ中華の店が多く出店されている埼玉県の西川口で出くわした「東北鷄西大冷麵」という店には驚かされた。
それはまさに超レアな「辺境ガチ中華」というべき店だった。ここでいう鶏西(けいせい)という地名は、中国黒龍江省東部に位置する町で、そのご当地冷麺を提供しているというのである。
鶏西がどういう町かご存知の人は少ないと思うが、筆者はコロナ禍前の2018年の夏に「地球の歩き方」の取材を兼ねて訪ねている。ロシア国境にある戦争遺構を訪ねた帰りに立ち寄ったのだが、大連で働く鶏西出身の友人に「この町の冷麺はおいしいからぜひ食べてみて」と言われていたからだ。
初めて訪れた町でおいしいものにありつくにはタクシー運転手に聞けばいい。そんなよくある旅の作法に則って、長距離バスターミナルからタクシーを拾って町に繰り出した。それ以外にあてはなかったからだ。
「鶏西は冷麺がおいしいと聞きました。この町いちばんの冷麺屋に行きたいです」
すると、「お安い御用」とばかりに運転手が連れていってくれたのが「超級冷面」という店だった。道中車窓からはいたるところに冷麺屋の看板が見え、鶏西が冷麺の町であることがうかがえた。
「超級冷面」は人気店らしく、昼どきに訪ねたせいか、席に着くまでにずいぶん外で待たされた。中国の冷麺屋では、それ以外のメニューも豊富で、ただどれもがトウガラシで真っ赤に染まっていた。
中国東北地方には朝鮮系住民が多く、各地でそれぞれご当地冷麺が食べられる。日本に店の多い吉林省の東南部に位置する延辺朝鮮族自治州の人たちの多くは、北朝鮮東北部に位置する咸鏡北道出身者で、この土地の冷麺は咸鏡北道風といわれる。
一方、延辺より北方にある黒龍江省に住む朝鮮系住民は、中国への移住時期が彼らより後発だったため、むしろ朝鮮半島南部の人たちが多いといわれる。先住者のいる土地より北に定着地を見つけなければならなかったからだ。
だからといって鶏西の冷麺が現在の韓国風だというのとも違うのだが、その特徴は東北地方の他の地域と違い、そば粉を多く含んだ細麺、澄んだ色のスープで酸味は抑え気味、夏の季節にはさっぱりとして食べやすいものだった。
この店のオーナーは籍玉萍という女性らしく、店内の壁に彼女が30数年前にいかにこの人気冷麺を創案し、鶏西を冷麺の町として広く知らしめたのか、その功績を称えるパネルが貼られていた。
中国の飲食店ではこのようなオーナーの顔写真入りの宣伝をよく見かけるが、それは日本のガチ中華でもしばしば見られるものだ。
そして、その鶏西から来た人たちが西川口にご当地冷麺の店を出したというわけである。駅前に近い雑居ビルに「東北鷄西大冷麵」という店名が書かれた大きな看板を見たとき、筆者はいても立ってもいられなくなって、店に直行したのは言うまでもない。
店に入ると、すぐに店長に声をかけ、話を聞いた。老板(中国語のオーナーの呼称)をはじめ店員の多くは間違いなく鶏西出身者だった。
その店で供された冷麺は、鶏西で食べたのと似ていて、麺は細くてつるつると食べやすく、スープの色は「超級冷面」で食べたものほど澄んではいなかったが、口にほんのり甘さが残る味わいがあった。その冷麺をすすっていくうちに、鶏西に立ち寄るきかっけとなった黒龍江省東部国境沿いの旅にも思いをめぐらせた。


