私は当時、是正を求めるべく、現職大臣をはじめ政界、経済界のさまざまな心ある人たちや各国の専門家集団である国際NGOとともに東京オリパラの組織委員会に提言を重ねた。組織委員会自体が招聘した有識者たちも、内部から是正を求めて最後まで声を荒げて訴えていたし、その議事録はオンラインで誰でも読める。
それでも当時、組織委員会の担当者は、文字通り歯を剥き出しにして頑として改善を拒否し続けたのだ。背後にはさまざまな忖度や事情も透けて見えた。案の定、東京オリパラの蓋を開けてみると、組織委員会の数えきれないスキャンダルと逮捕劇が露呈された。人生を賭けて感動を与えてくれた選手たちや真摯に取り組んできた善良な関係者の皆さんが気の毒でならなかった。
それでも大会後のレポートでは、選手村のメインダイニングの水産物の調達では90パーセントを超える前述のMSC認証とASC認証取得のもので賄い、とてもサステナブルな調達が達成されたと記されている。これは、ひとえに調達を担当した「エームサービス」が、自社の独自判断と努力で勝ち取った数字であった。
エームサービスの担当者は、当初、調達方針に示されていた「『資源管理計画』があれば持続可能とみなす」という項目について、その肝心の「資源管理計画」がすべて非公開だったため、わざわざ地方の漁港に出向いて検証したそうだ。
また鉛筆でノートに休漁日を記しただけの「資源管理計画らしきもの」も多く、これは持続可能性を国際社会に向けて証明できるものではないと、この「資源管理計画」に基づく調達は断念せざるを得なかったという。
エームサービスの持株は50パーセントが米国の会社であるアラマーク、50パーセントが三井物産だ。東京オリパラでのサステナブルな調達は、両社が世界的一流企業の威信をかけた独自判断の勝利と言える。
日本ではまだ取り沙汰されなくとも、世界の市場では環境への配慮が企業価値を左右し、株価にも反映される。しかも東京オリパラの選手村の食事は、700種類とも言われるバラエティに富み、その美味しさも大評判となった。
このように大会を支えた優れた企業が、組織委員会の協賛会社を保護する意図で「アンブッシュマーケティング」に抵触するとして、名乗りを挙げることが許されなかったのは残念だ。
そこで、国際オリンピック委員会の持続可能性担当理事であるモナコ公国のアルベール2世モナコ公殿下からお声がけいただいた際の会話が思い出される。
私が「東京オリパラは水産物の調達方針に問題があるが、実際の調達は企業努力で持続可能なものとなる予定です」と説明すると、「それなら良かった」と返答されたので、「NO、恐れながら殿下、それでは足りないのです」と申し上げた。
続けて私は「我々日本人は、東京オリパラのレガシーを未来に繋ぐ責務があります。次世代に誇れる立派な『持続可能な調達方針』を世に送り出してレガシーにしたかったのです」とも申し上げた。大きく頷かれた大公殿下から賜った紋章入りのプレートを見るたびに、この会話と殿下の笑顔を思い出す。


