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2025.04.17 14:15

「熱い人」と「温かい人」 ラグジュラリーをつくる温かさとは?

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英・ガーディアン紙の記事『大きなアイデア:利便性は私たちの生活をより困難にしているか?』で精神科医のアレックス・カーミ博士は、進化心理学における「進化上のミスマッチ」という概念を紹介しています。人類が狩猟採集生活を送っていた時代から、私たちの脳や身体はほとんど変わらないのにも関わらず、環境は著しく変化している。この不一致が、「快適さは向上しているのに幸福ではない」という現代のジレンマを生んでいる可能性があると指摘します。

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厳しい気候下での食料の調達や、危険な動物から逃げるためには、むやみなエネルギーの消費は命取りでした。そのような時代に培われた本能が今でも私たちの中に存在します。だからこそ、快適さや利便性を優先し、テクノロジーや環境を作り変えて生き延びてきました。

しかし、「常に楽な道を選ぶことは、避けられない困難に対処する能力を弱めることになる」とカーミは警鐘を鳴らします。

「対処法に過度に頼り過ぎると、もとの問題を増幅させてしまうことがあります。例えば、家にいる安心感が、外出への不安を強めてしまったり、配偶者との気まずい会話を避けることで、その後の会話がより難しくなる。またソーシャルメディアや出会い系アプリを使って気まずさを回避するうちに、長期的には社交性自体が弱まっていく、ということが起こっています」

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「健康のための運動、キャリア形成、家族のケア、芸術の創作、他者への助言や支援など、価値ある目標を達成しようとする時には、常に何らかの不便や困難が伴います。しかしその不便こそが、私たちの人格を形成し、成長を促してくれるのです」

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便利さや快適さがもたらす一時的な高揚感だけでなく、困難に適応し乗り越える力もまた、進化の過程で受け継いできた資質です。カーミは、時には本能に逆らって意識的に挑戦を選ぶことの重要性を説きます。人生の冒険の中心にあるものを忘れないために。

こうした「本能的な高揚」と「意識的な抵抗」が、安西さんが語る「熱さ」と「温かさ」に通じるのではないかと思っています。熱さと温かさは程度の違いではなく、別の場所にあるものです。だからこそ、衝動的な「熱さ」よりも、不便さや気まずさ、あるいは不安・不満に向き合うことで生まれる「温かさ」には、持続的で深い魅力があるのではないでしょうか。

ラグジュアリーが文化を牽引し、より良い社会の形成に貢献していくためには、きっと「熱さ」以上に「温かさ」をつくり、広めていく必要があります。AIや技術開発そのものの是非については専門外ですが、尊敬や協力、連帯を育む人間との対話に「代理人」を立たせるのかどうかは、これからも慎重に考えていくべきではないか、と強く感じています。

文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

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