

/ビジネス東京都「大学発スタートアップ創出支援事業」 令和5年度採択大学の成果とは
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東京は世界的に見ても多くの大学が集積し、しかも非常に高いレベルの研究が日々なされている都市である。東京都はコーディネーターと連携して、その都市の強みを生かし、大学に眠る貴重なシーズやアイデアを活用した「大学発スタートアップ創出支援事業」を令和5年度よりスタート。都内の大学を対象に大学発スタートアップの創出が加速する環境づくりを進めている。
初回の令和5年度は、学内に眠るシーズを活用した新事業の創出に向けた支援を行う「事業化促進型」、シーズを活用した起業・新事業創出を促進する大学内の仕組みづくり・体制整備等を支援する「環境構築型」で採択。コーディネーターはキャンパスクリエイトが務めた。「事業化促進型」で実施した慶應義塾大学、芝浦工業大学、順天堂大学、帝京大学、東京科学大学(旧東京工業大学)、東京大学、東京理科大学、武蔵野大学、「環境構築型」で実施した武蔵野美術大学の1年以上にわたるそれぞれの大学のプロジェクト成果について、2月17日にTokyo Innovation Baseで行われたネットワーキングイベントでの発表をもとに概観する。


学内ギャップファンド設置と起業関連プロセスの課題解決
慶應義塾大学では2018年に「慶應義塾大学 イノベーション推進本部」を設立、産学連携を通じた大学の研究成果の社会実装を推進してきた。同本部のスタートアップ部門では23年10月に、メンタリング、チーム構築、外部資金獲得などを中心とする伴走支援により研究シーズからのスタートアップ創出を目指す学内インキュベーションプログラム「Keio Startup Incubation Program (KSIP)」を、同学の大学発ベンチャーキャピタルである慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)と連携して開始した。
「KSIPは大学の研究成果に基づくスタートアップの、法人設立前後の段階に焦点を当てて支援する取り組みですが、その過程でいくつかの課題が明らかになってきました。
ひとつは大学の基礎研究と事業化の間に生じる資金的空白を補う「ギャップファンド」が学内に存在しないためで、事業化に向けた調査や検証の柔軟な実施が難しいということ。
もうひとつは、スタートアップ創出に関わる、知的財産管理、技術移転、利益相反マネジメント等の互いに関連したプロセスでの課題解決が、関係者(研究者、起業家、産学連携部門など)の負担軽減や業務効率化に不可欠であったことです」(慶應義塾大学イノベーション推進本部 特任准教授 博士(工学) 宗像亮介)
参考:KSIP https://innov.keio.ac.jp/startup/support/ksip/
大学発スタートアップ創出支援事業において同大は、上記2つの課題解決に取り組み、学内ギャップファンドについては、支援事業から提供された資金をもとに、起業ステージに応じ「タイプ1」では50万円、「タイプ2」では400万円の資金を提供し、市場調査や検証等を推進する「KSIP助成金」を学内に設置。すでに医学部、理工学部、環境情報学部などから、タイプ1に6件、タイプ2で5件の採択実績が出ている。後者の採択シーズには、「航空業界に安全や効率をもたらすAIによる気象予測」、「AIによる自由会話からの認知症リスク判定」、「量産型グラフェン素子を搭載したヘルスケアデバイス」、「サルコペニア治療薬の創出に向けた新規作用機序・化合物」、「呼気ガス中の揮発性有機化合物(VOC)を用いた疾患や健康状態の可視化システム」がある。
起業プロセスの課題解決については、スタートアップ創出の前後で直面する課題を調査のうえ、外部事例や関係する現行プロセスを分析し、規程や業務フローの改善策を策定した。
「支援事業開始時点ではこれら改善策の策定をもってゴールとしていましたが、結果はそれ以上に前進し、25年1月1日付けで、『知的財産ポリシー』の改定、『慶應義塾スタートアップ向け技術移転ガイドライン』の制定等を施行することができました。
参考:慶應義塾大学 規程集 https://www.research.keio.ac.jp/external/forms/01.html
今後は、寄付金などにより起業支援活動の充実度や持続可能性を高めるための『慶應スタートアップ・インキュベーション資金』など新たな施策に取り組むとともに、改定を行った規程やプロセスを運用しつつ、必要に応じてさらに改善し、スタートアップを通じた研究成果の社会実装をさらに推進していく予定です」(宗像)
参考:慶應スタートアップ・インキュベーション資金 https://innov.keio.ac.jp/startup/funding


ディープテック・スタートアップの立ち上げを重点支援
芝浦工業大学では09年に「複合領域産学官民連携推進本部」を設立、産学官民連携事業の強化に取り組んできた。そして22年に「ベイエリア・オープンイノベーションセンター(BOICE)」を開設、23年には大学発ベンチャー第1号を認定するなど、近年、急速にスタートアップ支援を充実させている。
参考:ベイエリア・オープンイノベーションセンター(BOICE) https://www.shibaura-it.ac.jp/research/industry/boice.html
大学発スタートアップ創出支援事業については、科学的発見や革新的技術に基づき、世界に大きな影響を与える課題の解決を目指す、「ディープテック・スタートアップ」を増やすことにフォーカス。将来性のある研究テーマに支援対象を絞り込み、踏み込んだ関与によるスタートアップ創出に取り組んだ。
「研究者に対する起業前の支援を行ってみてわかったのが、『ビジネスについての知識が圧倒的に足りない』という事実でした。例えば会社を創る際は出資をどう獲得し、出資者の立場をどう設定するかが重要ですが、教員も学生もまったくそうした知識がなかったのです」(芝浦工業大学 研究推進部 オープンイノベーション推進課 産学官連携コーディネーター/認定リサーチアドミニストレーター 岩崎 靖)
今回の支援事業では4つの研究テーマを選定したが、事業化を進める過程で、当初考えたビジネスモデルが大きく変わっていったチームもあった。
「テラヘルツ波によるケーブル、コンクリートの内部検査」は、「金属の塗膜下の錆を検知することによる橋梁の落下防止」に、「抗菌薬の血中濃度モニタリングシステム」は「食中毒を防止するヒスタミンセンサー」に、それぞれ開発ターゲットを変更。結果、首都圏の大学発スタートアップ育成プラットフォームGTIEより、各500万円の事業化資金を獲得している。
「ブロックチェーンの優先順位コントロール」は、一般的なブロックチェーンの優先順位ルールを変更することにより、災害時にブロックチェーンを利用して正しい情報を災害対策に役立てる仕組みを開発。
また「VRによる広場恐怖症治療」も、東京都と連携したクラウドファンディング「academist Prize for DeepTech」の10組の発信者に選抜された。
「今後は、こうした個別のスタートアップ支援で得た経験を生かし、ディープテック・スタートアップ増につながるエコシステムの開発にチャレンジしていきます」(岩崎)


世界のデジタルヘルスをリードする共創の場を目指して
順天堂大学は9学部・6研究科・6附属病院を有する健康総合大学である。3,589という国内最大級の病床数と電子カルテのデータの膨大な蓄積があり、周囲には300以上の医療系企業が集まる。そうしたデータと各企業のもつ技術を組み合わせ、画像診断などAI関連の医療機器の開発などに強みを有する。
そして21年、医療に特化した産学官民連携のエコシステムの形成と大学発のスタートアップ創出に向け「順天堂大学医学研究科AIインキュベーションファーム(aif)」を設立。長期的なビジョンを定め、目標に至るための5つのコアプロジェクトと精緻なKPIを設けた。支援事業への応募は、このプロジェクトの基盤を形成し、目標達成のスピードを加速させるためのものである。
参考:AIインキュベーションファーム(aif) https://research-center.juntendo.ac.jp/aif/
「aif では将来を見据えて、支援を学内で完結させず、外部のスタートアップへも積極的に行っている点が特色です。新しい価値で社会に貢献していくためには、外部との連携が欠かせないという強い思いが起点になっています」(順天堂大学 医学部総合診療科学講座 教授 AIインキュベーションファーム センター長 矢野裕一朗)
そのためにデジタルヘルス分野の研究者や起業家に対する助成金や研究奨励費を提供する資金援助のほか、KPMG(あずさ監査法人)の協力も得て、月に1回以上、多様なイベントを実施してきた。例えば、すでに起業している同大の先生のピッチ後に、ベンチャーキャピタルとほかの研究者、企業との交流の場を設けるなど、人と技術、研究のマッチングの機会を数多く提供してきたのだ。
「これによって実際、aifが運営する会員制度『aif-Partners』への参加企業も増えるなど、着実に連携強化が進みました」(矢野)
また23年に開始した「JASTAR(Juntendo University AI Incubation Farm Medical Technology Startup Acceleration Project)」という短期集中型プログラムの第2回を実施。順天堂大学が有する医療・健康のビッグデータを用いたAI、IoMT (Internet of Medical Things)、デジタルヘルス等に関わる研究デザインや事業化計画の作成支援を通して、スタートアップ事業のブラッシュアップが図られた。
このような取り組みのひとつの結晶とも言えるのが、4月に文京区・本郷にオープンする「元町ウェルネスパーク」である。これは、文京区と順天堂大学が共同出資して完成させた、医療関連施設のほか、レストラン、市民の交流拠点を備えた複合施設。教育・研究・臨床機能が結集したデジタルヘルス・AI開発のための都心型研究所としての役割を担う予定だ。
参考:元町ウェルネスパーク https://motomachi1927.jp/
本取り組みは、AIを活用したデジタルヘルス分野の発展に寄与し、今後の医療革新を進展させる重要なモデルケースとなるだろう。


東京都事業をきっかけとしてスタートアップ支援体制を整備
「帝京大学は5つのキャンパスと10学部を擁する総合大学で、先端総合研究機構が学部をつなぐ学際的な活動を行い、知的財産については産学連携推進センターが集約管理しています。ただ、これまでスタートアップ創出という視点は十分ではなく、今回の支援事業への採択を機に産学連携推進センター内の職員を増員し、ソフトとハードの整備を始めました」(帝京大学 社会連携室 課長補佐 金澤 慧)
キャンパスによっては学生による「起業部」があり、学生ビジネスアイデアコンテストが開かれたり、大学発ベンチャーも出たりしてはいるが、大学として能動的にスタートアップを支援したり起業を促す仕組みはなかったという。
今回、ハード面では大学の空き教室を利用して、コワーキングスペースとイベントルームを備えたインキュベーション施設「帝京大学イノベーションゲート」を整備。
参考:帝京大学イノベーションゲート https://www.teikyo-u.ac.jp/topics/2024/0701-1
ソフト面では学内スタートアップに対する定期的な壁打ち相談の実施などのハンズオン支援を開始し、また学外コンサルタントやベンチャーキャピタルの協力のもと、育成型(上限50万円)、実践型(同300万円)の2つの事業化支援プログラムを創設した。
期間中の応募総数は14件で、そこから育成型で4件、実践型で2件を採択。採択された事業には、子どもの学習ハンディキャップをゼロにする読書アプリケーション、高齢者向けVRコンテンツ提供によるフレイル予防事業等がある。
「大学主催ではじめての全学的ビジネスコンテスト『TEIKYO Startup Award』を開催したところ、医学部などから想定以上の応募があり、書類審査により9件をファイナリストに選出しました。例えば、高齢化する地域特性を考え、VRでなつかしい風景を見てコミュニケーションの活発化や生活の質向上を図る福岡県大牟田市にキャンパスのある医療技術学部の研究などがエントリーしています。今年3月にはファイナリストによるプレゼンテーション審査を行い、受賞者には事業化支援金を提供する予定です」(金澤)
スタートアップ支援のための情報発信を目的としたウェブサイトも、今年夏までには公開予定とのこと。
「もともと帝京大学では『自分流』を教育理念とし、『実学』『国際性』『開放性』を教育指針としてきました。これはまさにスタートアップの考え方そのもので、今後は『スタートアップの帝京』をブランド化していきたいと考えています」と意気軒昂だ。


世界を変えたい研究者の志をサポート
「科学の進歩と人々の幸せとを探求し、社会とともに新たな価値を創造する」というミッションのもと、東京科学大学はこの1年、時代を担うディープテック・スタートアップの創出に向けたプログラム整備に取り組んだ。
そのための課題として位置付けたのが、起業に挑戦する研究者・学生の裾野の拡大、起業に意欲がある人材の発掘プログラム確保、活動を継続的に行うための外部資金を呼び込むことの3点。これら課題解決のために2つの事業をスタートさせた。
まず1つ目が、研究者向けの「社会変革チャレンジ賞」の創設。これは世界を変えたいという志をもつ研究者を発掘するためのもの。賞のポイントは、学長からの直接授与という栄誉と賞金に加え、月1回、外部メンターと面談を行うアクセラプログラムを設けたことにある。それによりおもにビジネス面でのサポートが強化されるわけだ。
参考:社会変革チャレンジ賞 https://www.idp.ori.titech.ac.jp/be-a-successful-entrepreneur/special1/
「賞のリリースを発表以降、内外から大変な反響をいただき驚いています。15名の受賞者の研究も、効果的な薬物送達システムやカーボンニュートラルに貢献する高機能触媒の開発など、実際に社会実装が望まれるものばかりでした」(東京科学大学 イノベーションデザイン機構 副機構長 特任教授 進士千尋)
このような研究者の起業意識の向上の結果、現段階で昨年度の学内起業支援プログラムへの申請72件(従来の3倍)、学内ギャップファンドの採択2件、ハードルの高いGTIEエクスプロール(GTIEの起業支援プログラム)への申請3件、さらに起業予定1件という目を見張る成果を獲得している。
一方、博士を中心とした学生向けには「Tokyo Tech Startup Studio(TTSS)」プログラムを実施。挑戦すべき課題に対して、スタジオの各分野の専門家が起業に向けたリソースを提供するものだ。その際の課題設定も技術・研究面からではなく、あくまで社会から探ることでコレクティブインパクトを与えようというアプローチをとっている点が特徴だ。
参考:Tokyo Tech Startup Studio https://www.idp.ori.titech.ac.jp/ttss/
24年度はquantum、UNIVERSITY of CREATIVITY(運営:博報堂)と連携し、企画・実施したプログラムには7名の学生が参加。うち4名が中間審査会を通過し、現在、顧客ヒアリング、仮説検証のステップへと進んでいる。
「今回の支援事業への参加を機に、社会とさまざまなコミュニケーションを交わすなかで、学内の起業気運の高まりを実感しています」(進士)
東京科学大学は、来年度はさらにスタジオを発展させScience Tokyo Venture Studioとして、ディープテックスタートアップ創出に向けた挑戦を続けるという。


シーズ発掘から始まる事業化支援
東京大学はこれまでもスタートアップ支援に力を入れてきており、すでに累計577社のベンチャーを創出。うちIPOは27社、M&Aが60社以上という圧倒的な実績を誇っている。だが一方で、米国のトップレベルのスタートアップエコシステムの規模と比べると、依然として大きな差があるのも事実。加えてディープテック領域での起業創出にも課題があると考えていたという。
そこで今回、東京都からの支援を受け、スタートアップの創出力を飛躍的に引き上げるべく、大学、スタートアップ、企業と広く強固なネットワークを築く先端技術共創機構「ATAC」と協働。事業化相談100件を目標に設定し、従来の公募等の “プル型 ”ではなく、研究者へ積極的に “プッシュ型” でアプローチすることで、研究シーズを徹底的に掘り起こす攻めの支援に出た。
シーズ発掘のための事業化相談支援を起点に、知財調査やレポート購入、専門家インタビューなどの調査支援、知財出願支援、会社設立や商標登録などの事業開始支援と、起業・事業化に向けて必要となるプロセスを支援項目としてKPIを設定。スピード感をもって事業化まで一気通貫で伴走を行うようにした。
「先生方に研究内容について詳しく伺ったうえで、まずは起業ではなく、事業化の可能性から検討・議論を行いました。100人以上の先生方と丁寧に話をしながら、個別に細やかに対応ができたのは、事業化への知見に長けた協働パートナーの存在が大きかったと思います」(総長特任補佐 産学協創推進本部 副本部長 生産技術研究所教授 菅野智子)
事業化に向けたリアルなディスカッションを全学で広く行ったことにより、大きな刺激を受ける研究者も多く、学内の起業意欲もいっそう強まったという。今回の約1年の支援期間中、実際に会社設立に至った案件のなかには、理学系研究科長・大越慎一教授の金属酸化物磁性体に関する研究をもとに事業化したケースがある。通常、事業化までの道のりが長いといわれる素材分野の案件を出せたことに、大きな手応えを得ているようだ。
さらにはサポート側として、起業・事業化までに求められる各プロセスで具体的な支援策を設定し、タイミングよく必要な支援策を組み合わせて事業化を進めていく全体的なフローをこのプロジェクトを通して実践できたことは大きかった。
「大勢の先生方と会ってやり取りを重ね、現在は土壌が耕された状態といえます。この機を逃さずに、これまでの蓄積と今回の貴重な経験を掛け合わせ、東京大学のスタートアップ創出力のさらなる強化を目指していきたいと思います」(菅野)


能動的シーズ発掘とシームレスな支援体制の構築
「理科大は起業を助成する学内助成金PoC、大学認定制度、インキュベーションルームなど、一定の支援メニューは備えていました」(東京理科大学 産学連携機構 起業支援・地域連携部門 部門長 飯野初美)
加えて同大には「TUSIDE(Tokyo University of Science Innovation Driven Ecosystem)」と呼ばれる、学長直下で研究成果の社会実装を推進する産学連携機構、インキュベーション施設「qcp(quantum cross point)」を運営する東京理科大学インベストメント・マネジメント、スタートアップへの出資を担う東京理科大学イノベーション・キャピタルの3組織からなる、スタートアップ支援のコアなエコシステムがあり、経済産業省の『大学発ベンチャー実態等調査』でも、大学発ベンチャー数は全国の大学の中で第7位(私立大学2位)と健闘している。
参考:TUSIDE https://www.tus.ac.jp/tuside/
「ただ取り組み方としては、自発的に起業しようとする研究者からの要請を契機に支援するという、デマンド・ドリブンのスタイルでした」(飯野)
技術系教員数約800名という同大の規模からすると、学内には起業につながるシーズが、まだ数多く眠っていると考えられ、今回の大学発スタートアップ創出支援事業では、研究から事業化検討までのアーリーステージにフォーカス、シーズを発掘し、事業化を加速することになった。
「先生方には日頃忙しくて事業化まで手が回らない方、ご自身の研究が事業化につながることに気づいていない方もおられます。そこで “ドアノック ”と称して、研究成果の活用促進を担当する産学連携機構のリサーチ・アドミニストレーター(URA)が自ら研究者にアクセスして聞き取り調査を行いました」(飯野)
シーズの発掘に続いて、起業に関する情報を一元化し、外部組織へのアクセスも可能なワンストップの起業支援サイトを立ち上げ、シーズから事業化までのシームレスな伴走支援体制を構築していった。
このとき「期間中に研究者・学生が起業を視野に入れたシーズを70件発掘し、スタートアップ7社を起業に導く」という数値目標を設定、いずれも達成している。
参考:理科大スタートアップ創出&成長支援 https://www.tus.ac.jp/ura/startup/
「一連の施策による学内の意識変化、起業気運醸成の効果を顕著に感じ、また点在した支援が一気通貫した支援へと進化しました。支援事業を通じて育まれた学外のみなさんとのつながりとともに、将来のスタートアップ支援の糧となる成果が得られたように思います」(飯野)


アジア各国とグローバルアントレプレナー育成で協力
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)は2021年4月開設。今年は1期生が卒業を迎え、約60名の入学者のうち1割が起業の予定という。
「アントレプレナーシップ学部の1.0は完成したと思っています。次はグローバルに目を向けるプログラムを創りたいと考え、大学発スタートアップ創出支援事業に応募しました」(武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長 伊藤羊一)
テーマはグローバルアントレプレナーの育成。そのために日本の学生を海外に連れていくと同時に、海外の学生を日本に招いてミックスしていく。“UNITED ASIA” を目指してインド工科大学(IIT)、インドネシアのマルチメディアヌサンタラ大学(UMN)、フィリピン大学(UP)、シンガポール国立大学(NUS)など、各国を代表する名門大学と連携してセッション開催を呼びかけ、海外大学や企業とのネットワーク「EMC GLOBAL」を誕生させた。
参考:EMC GLOBAL https://emc-global.jp/
「『アジア各国で協力して、グローバルアントレプレナーを育成したい』と呼びかけると、どこも大歓迎でした。各大学ともその国の名門なのですが、学部レベルではアントレプレナーシップのプログラムはもっておらず、優秀な学生は財閥系の大企業に就職してしまう。我々がインキュベーションの取り組みをやっていることを知ると、『ぜひそのエキスを学生に注入してほしい』という反応でした」(伊藤)
武蔵野大学ではこれらの大学と共同して、学生の海外ピッチへの出場や海外インターンシップを実現。4カ国から8名の学生を日本に招待し、国内外のスタートアップやアクセラレーターとの交流の場を設けた。
また各国スタートアップとのネットワークも構築、「Sushi Tech Tokyo 2024」出展をサポートしたり、シンガポールには連携基地となるオフィスも設け、次はインドに開設予定だ。
「活動を通じて4カ国5大学とのつながりが生まれ、グローバルアントレプレナー輩出のベースとなるプラットフォームができてきました。ただアントレプレナーは1年では生まれません。そこで、この活動を継続するために一般社団法人EMC GLOBALを設立しました。スポンサーを募って、武蔵野大学の学生に限らず全国の意欲ある学生にグローバルアントレプレナー育成のプログラムを提供できるように奔走しています。東京都にもこの灯を絶やさず広げていくよう、ぜひお願いしたいです」(伊藤)


美大にしかできない創業の場づくりとは
武蔵野美術大学は令和5年度の支援事業において唯一、環境構築型で採択された大学である。美大の卒業生の進路は就職が大体6割、留学や進学が1割、そして作家活動をする方が3割とのこと。まだ起業事例や学内風土が十分とは言えないが、今回、この3割を改めて美大の大きなユニークネスとしてとらえ、そこで新たな進路としての起業を提示し、美大ならではの創業の場づくりに取り組もうと考えた。では、その「武蔵野美術大学実験区」と称する “美大にしかできない創業の場”とは何か。その大きな特徴は3つあるという。
参考:武蔵野美術大学実験区 https://jikkenku.musabi.ac.jp/
最も重要なのは美大生単独ではなく、他分野の学生や社会人とのコラボレーションであること。多様性が融合し化学反応を起こすことにより、創造性を生かした新たな価値創造につながると考え、チーム編成に注力をした。
2つ目は “クリエイターシップ” を核とした人材を育てること。これは単に起業するだけにとどまらず、社会に貢献できる創造的リーダーの育成を意味する。
そして最後3つ目が、美大教育をベースとした個の発意を起点にビジョンを育む企画術。当事者として一人称の部分を徹底して掘り下げることからビジネスを始めようという考え方だ。
「これらを実践するために『クリエイターシッププログラム』と銘打ち、アイデア創出ワークショップからビジネスデザインアワード、アクセラレーションプログラムまで実施しました。アワードは社会人や他大学の学生にも門戸を開き、事務局側で美大生とのマッチングをサポートするとしたところ、初の試みにもかかわらず64組もの応募がありました」(武蔵野美術大学 大学企画グループ 市ヶ谷チームリーダー 西 崇弘)
その後、応募者は書類選考で42組に絞られ、さらにグランプリや準グランプリを取った計7組がアクセラレーションプログラムへ。結果的に、現在までに3社が起業し、年内にはもう3社も続く予定という驚くべき成果を挙げている。
「グランプリには、研究活動を感性に訴えるコンテンツへと翻訳する情緒的価値化サービス『Academimic』を提案した、会社員と武蔵美の大学院生によるチームが選ばれました。彼らも昨年、会社を設立して活動中です」(西)
そして一連のプログラムを通してとくに注目されるのは、先述の美大教育をベースとした企画術「ナラティブモデル」である。美大の講評会からインスピレーションを得たもので、個人の物語を掘り下げ、対話による共感プロセスを経て社会的文脈へと変換し、事業化にあたっての軸や “地図” へと昇華させるという方法だ。このモデルを軸にいっそうのブラッシュアップを図りつつ、次年度以降、クリエイターシッププログラムの自走化に向け、既に舵を切っている。
大きな手応えを得た「令和5年度大学発スタートアップ創出支援事業」
令和5年度大学発スタートアップ創出支援事業のコーディネーターを務めたキャンパスクリエイト 専務取締役の須藤 慎はこう語る。
「日本の産学連携は25年以上の歴史を重ね、紆余曲折を経ながらも着実に成長してきました。大学発ベンチャー1,000社計画のような取り組みも過去にはありましたが、わずか1年半足らずの期間のなかで、大学におけるスタートアップ支援体制や活動拠点、制度が急速に整備され、大きく成長しうるスタートアップの立ち上げやシーズ育成を図ることができた事業は、類を見ない取組ととらえています。協定事業という枠組みのなかで、大学が主体的にさまざまな活動をスピーディーに実施できたこと、大学同士が交流するなかでお互いの知見やノウハウを共有し合同で事業を進める活動も実現できたこと、大学関係者が普段関わることがないさまざまな専門家やステークホルダーとの連携や協力を通じて効果的なシナジーを発揮できたことが成功の大きな要因と考えています。また、先導的かつ斬新な企画や模範的な取り組みも随所に見られ、モデルケースとなっていくでしょう。
全大学に共通して言える成果としては、学内のスタートアップ創出機運が想像以上に醸成できたことです。身近に起業家がいること、熱意あるスタートアップ支援人材が精力的に活動することは、周囲の理解促進や感化につながり、全学的な取り組みに発展していきます。事業終了後も大学の取組みが一層発展し、東京都スタートアップエコシステムのレベルアップへ継続的につながっていくことを確信しています」
次の令和6年度大学発スタートアップ創出支援事業も2カ年目の令和7年度にかけて継続され、合計9校の採択が決定、既にプロジェクトはスタートしているという。その取り組みに期待したい。
キャンパスクリエイト https://www.campuscreate.com/
Promoted by キャンパスクリエイト| text by Fumihiro Tomonaga, Masashi Kubota |
photographs by Masahiro Miki | edited by Akio Takashiro

