友人が自分と同じ状況だったら我慢ならない
もし友人が、過労で低賃金だと言ったら、あなたは何と言うだろうか? 1人分の料金で2人分の仕事をしていると言われたら、感謝しなさいと言うだろうか? おそらくしないだろう。では、なぜあなたはそれを合理化するのだろうか?
物事は良くなる、我慢すればいい、「そんなに悪いこと」ではないと自分に言い聞かせるのは簡単だ。しかし、自分の大切な人のためにこの状況を受け入れないのに、なぜ自分のキャリアではそれを容認しているのだろうか? サンクコストの誤謬は、ここで顕著に現れる。私はすでにこの会社で何年も働いてきたのだから、今辞めるのはその時間をすべて無駄にしてしまう、と自分に言い聞かせるかもしれない。しかし、真実は? その時間はすでに費やされている。重要なのは、あなたの将来の時間が評価されるかどうかだ。
自分の仕事に対して正当な報酬が支払われるかどうかは、欲の問題ではなく、尊敬の問題なのだ。給与や福利厚生について話し合ったのに何も変わらないなら、あなたの持ち味を評価してくれる企業を探す時期かもしれない。
自分の居場所がないと感じる
同僚との協調性や仲間意識は、職場での経験を左右する。チームから孤立したり、切り離されたり、サポートされていないと感じることは、たとえ仕事そのものが楽しくても、不満につながってしまう。
あなたは、重要な会話に自分が加わらなくなっていることに気づいたかもしれない。チームメイトと同じような関係を築けなくなっているかもしれない。会社の大切な一員ではなく、組織の歯車のように感じているかもしれない。
すべての職場が悪い職場という訳ではない。ただ仕事がしっくりこないというだけの場合もある。しかし、つながりを再構築しようと試みても、まだ部外者のような感じがするのなら、それはあなたがその環境を卒業し、自分が成長できる場所に移る必要がある証拠かもしれない。職場は、単に出退勤を記録するだけの場所ではなく、協力的なグループの中で貢献し、成長できると感じられる場所であるべきだ。もしそうでないなら、よりチームワークを重視した環境を探すのが正しい行動かもしれない。


