デジタル化の効果を目の当たりにしながら、複雑な感興にとらわれた。日本中の工場が一段と高度な自動化に移行した暁には、必要な雇用者数は現在の10分の1以下になる。デジタル化は生産現場だけではない。仕事から日常生活まで、あらゆる場面で効率化が進み、人間の手はますます不要になるだろう。最近声高に叫ばれる人口減少問題をどうとらえるべきなのか。特に移民促進論にはちょっと待って、と申し上げたくなる。日本の安い報酬では高度な専門性を備える移民人材を確保することは難しい。入ってくる人々の多くは単純労働向きだろう。だが、そうした分野は、機械がもっと能率よくかつ低コストでやってくれる。あぶれた人たちが貧困に沈み、社会不安を助長しないだろうか。否、その前に日本人の雇用をどう確保していくのだろうか。
もうひとつ、多くの高齢者がデジタル化に順応できるか、という難題がある。海外渡航の事前ウェブ手続きも、若者には大した手間ではないが、老眼で指先もおぼつかなくなったアナログ世代が簡単に御せる代物ではない。現に先の機内では、スマホが苦手で、結局、紙の申告書にペンを走らせる高齢者の姿が随所で見られた。紙が廃止されたら、彼らは海外にも行けなくなる。
DBS銀行のデジタル化の立役者、ロビン・スペキュランド氏の言葉が脳裏によぎる。「必要なのはデジタル戦略ではなく、デジタル世界に適合した戦略である」。文脈はやや異なるが、デジタルを自己目的化してはならない、という警句としても噛みしめるべきだと痛感する。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。