未経験で惣菜屋起業 半年で撤退するまでの記録

須田:料理人と知り合っていく中で少しずつ仲間が集まっていき、物件や業者も探して、ローソンの居抜きの物件で始めました。今考えるともっと小さく始めれば良かったなと思います。毎日、30種類ほどの惣菜を作って並べていました。
山田:廃棄がたくさん出てしまうみたいなことだったんでしょうか。
須田:廃棄が出まくりですね。売れる日はほとんどありませんでした。初日は知人や元上司から花も届き、多くの人が来てくれましたが、売上は7万円ほどに留まりました。そこからどんどん売上が下がり、毎日作る売上のグラフには真っ赤な数字が並んでいました。人生で一番辛かったですね。
藤田:どうやって畳むことになったんですか?
須田:4、5カ月経った時から、色々な施策を試すようになりました。看板を大きくしたり、お祭りをやってみたり。メニューを変えるための施策も毎月行っていますが、やってもやってもどんどんお客さんが減っていく。
敗因は全てですね。今考えてみると、うまくいく要素が一つもない。限界を感じ、撤退を決意しました。撤退を決断した頃には、精神的にもかなり不安定で、記憶も曖昧になっていました。
アエリア復帰とCFOとしての再挑戦 上場までの道のり
藤田:そこからアエリアのCFOとして活躍されていくんですよね。
須田:前回の売却後も続けていた受託開発がうまくいくようになっていたこともあり、もう一度上場準備をしてみようと話があがりました。ちょうど価格.comが上場していたので、もう一度ITの波が来るかもしれないと。
そこからは結構あっという間でしたね。ソフトバンク子会社の時の上場経験からノウハウが多少はあったので、証券会社数社にアタックしながら伴走していただきました。
上場後は、四半期ごとのIRの開示や管理本部長として人事や経理、総務などを包括的にみていました。金融業が好きな経営陣だったので、投資やM&Aにも力を入れていたんです。上場の翌年には、子会社を上場させる話も出ていたので、インターン生を子会社に入れたりしながら結果的に子会社も上場しました。
オンラインゲーム事業で利益が上がってきたタイミングでは、株価も上がっていたのでファイナンスしようと60億円ほど資金調達しました。
山田:上場企業で60億円も資金調達した人ってすごいですよね。
須田:ついこないだまでラーメン屋で皿洗いをして、赤字に苦しみ、自律神経失調症にまでなったのに、自分でも不思議な感覚です。
次なる目線は地方やNPOへ
山田:今はどんなことをされていますか?
須田:東京の都市やIT、資本主義に疲れていることもあり、地方での仕事を増やせるように各地に出向いています。あとは、地方創生やNPOといったキーワードで検索をかけていたりもしますね。気になった取り組みに検索ベースで関わり続けています。
藤田:地方副業をしたいけど、なかなか見つからないとお話しされていましたよね。
須田:見つからないというか、書類で落ちます。ソフトバンクしか刺さらないんだと思いますね。そこに関しては、ソフトバンク級にならないとスタートアップは認知されないと言う難しさを感じます。
鳥取では唯一副業の案件があります。
山田:2個目はぜひ岡山で。


