【重要なお知らせ:当社を装った偽サイトにご注意ください】

モンゴルの若きドキュメンタリー写真家が活写する世界がまだ知らないこの国の日常

インジナーシさんは同世代のミュージシャンに友人が多い。一杯飲もうと思ってウランバートル市内のレコード・バーに入ったら、知り合いのドラマーがソファーですやすやと眠っていたという(2017年)

「生活観察者」のスタンスで

昨年夏、インジナーシさんに会って以降、何度か話を聞く機会があった。彼にはいくつもの撮りたい題材があるのだが、その1つはモンゴル各地に住む子供たちで、とりわけ成長期や思春期を迎えた年代だという。

フブスグル県で出会ったナムジルマーという少女。インジナーシさんがその村を訪ねたとき、彼女の一家は引っ越しの途中だった。見ず知らずの人物である彼の前でも彼女は落ち着き、大人びていて、そのまなざしが印象的だったという(2022年)
フブスグル県で出会ったナムジルマーという少女。インジナーシさんがその村を訪ねたとき、彼女の一家は引っ越しの途中だった。見ず知らずの人物である彼の前でも彼女は落ち着き、大人びていて、そのまなざしが印象的だったという(2022年)

たとえば、草原の村に暮らす子供たちはどんな環境で育っているのか。どんな学校で学び、授業を受けているのか。子供たちにフォーカスすることで、現代モンゴルが見えてくるはずだと彼は話す。

フブスグル県の小学校で、休み時間に入ると、校舎の外の雪原をトイレに向かって駆け出す子供たち(2017年)
フブスグル県の小学校で、休み時間に入ると、校舎の外の雪原をトイレに向かって駆け出す子供たち(2017年)

実は、ゲル地区で育ったインジナーシさんは母子家庭で、10代半ばの頃、10歳以上年の離れた弟の世話をしながら学校に通っていたという。その当時、気晴らしで足を運んだのが「Focus On Kids」という写真教室だった。そこで彼は初めてカメラとモノクロフィルムを手にして、現像の仕方も学んだ。

モンゴル北西部に位置するザブハン県アルダルハーン郡の草原で開催された郡の創立100周年を祝う記念行事には、100人の馬頭琴奏者と100頭の馬が参加した(2023年)
モンゴル北西部に位置するザブハン県アルダルハーン郡の草原で開催された郡の創立100周年を祝う記念行事には、100人の馬頭琴奏者と100頭の馬が参加した(2023年)

インジナーシさんは、1990年代以降のモンゴルの民主化と資本主義化にともなう社会の変容とともに成長していった世代である。そんな彼に、いまモンゴルの若者世代は何を考えているのかについて尋ねたところ、こんな風に答えてくれた。

「いまの若い世代は、自分が10代だった頃に比べ、着ているものは見映えがいいし、垢ぬけていると思う。自分が撮影を始めた2000年代半ば頃から、街に高層ビルがどんどん建ち、SNSが普及することで人々の考え方や生活スタイルも大きく変わったが、インフレも激しく、格差が生まれてしまった。

昔より豊かになったはずなのに、いまの若い世代は明るい未来を描くのが難しくなっている。そのために、海外に出ていって働きたいという若者は増えていると思う」

この人物はウランバートルにある仏教寺院のガンダン寺のそばにあるマンホールに潜り込み、捨てられた空き瓶を拾って商売している。この瓶にラマ僧が鉱泉を入れ、経を唱え、祈りを込めたものを売っていた。かつてソ連の衛星国だったモンゴルでは、スターリン時代に多くのラマ僧が粛清されたという(2008年)
この人物はウランバートルにある仏教寺院のガンダン寺のそばにあるマンホールに潜り込み、捨てられた空き瓶を拾って商売している。この瓶にラマ僧が鉱泉を入れ、経を唱え、祈りを込めたものを売っていた。かつてソ連の衛星国だったモンゴルでは、スターリン時代に多くのラマ僧が粛清されたという(2008年)

筆者はモンゴルに対する専門的な知識や理解は乏しいが、興味深いのは、アジアの国々と同様に、この国でも高度経済期を迎えていく過程で経験する進歩や発展には、必ず矛盾や苦しみがともなうことだ。日本はもとより、それは東南アジアや中国でも見られたもので、多くの共通点がある一方、モンゴル固有の課題があるのは当然だろう。

ロシアと中国という権威主義的な大国に挟まれた人口わずか350万人ほどの小国でありながら、まがりなりにも民主的な社会を維持していくことはそれほどたやすいことではないからだ。政治家の汚職が起こるのはどこの国でも同じだが、民主的な体制になっても政治に対する失望があり、未来に展望を持てない若者の出国願望が高いこともそうだ。

ウランバートルには高層ビルの林立する現代的な都市空間と、郊外に拡張するゲル地区という分離された世界がある(2016年)
ウランバートルには高層ビルの林立する現代的な都市空間と、郊外に拡張するゲル地区という分離された世界がある(2016年)
次ページ > 「ありのままに見る」という仏教的な視点

文=中村正人、写真=インジナーシ・ボル、取材協力=大西夏奈子、山本千夏、HISモンゴル

ForbesBrandVoice

人気記事