X(旧ツイッター)ユーザーや、YouTuberとその視聴者たちが怒りをいたずらに煽り、何もないところから論争を生み出すという流れが、何度も繰り返されている。いつものことだが、実際に発売されたゲームの内容からは、これまでの論争がいかに事実無根であったかが明らかになった。『シャドウズ』の最大の問題はおそらく、リスクを回避するあまり他のシリーズ作品と同じような内容に落ち着いてしまったことだった。
一連の騒動について「どうでもいい」と思う人もいるかもしれないが、そうはいかない。開発元の仏Ubisoft(ユービーアイソフト)は、同作に対する敵対感情が高まっていることを受け、会社だけでなく開発者個人がバッシングの標的となる可能性に備え、従業員を嫌がらせから守る措置を講じた。同社はなぜこうした状況に追い込まれなければならなかったのか? 歴史上に実在した人物を使って、他のメディアですでに白人男性を使って語られてきたのと同じようなストーリーを展開したから? それとも、日本側を代表する主人公が、『Ghost of Tsushima』の境井仁のような侍ではなく、女性だったから? これはまったくのナンセンスだ。
最近は、新作ゲームが発売されるたびにこうした有害な議論が巻き起こっているように思える。目にしないようにするにはネットを完全にシャットアウトするしかないが、もちろんそれは無理な話だ。


