広島県福山市で創業400年の歴史を誇る老舗和菓子店「虎屋本舗」。270年以上続く虎模様のどら焼き「虎焼」や、たこ焼きやコロッケそっくりの「そっくりスイーツ」で知られている。
和菓子とは無縁の業界から2013年に実家を継ぐために戻り、2021年に17代当主となった高田海道は、アナログでブラックな地方企業の実態に直面した。伝統を守りながら時代に即したビジネスへどう転換し、地方都市ならではの視点で企業を承継していくのか。その挑戦を聞いた。
事業承継総合メディア「賢者の選択 サクセッション」から紹介しよう。(転載元の記事はこちら)
新聞記事で知った、父の本当の気持ち
──虎屋本舗に入社する前のご経歴についてお聞かせください。
私が小さい頃から先代の父は、承継について具体的な話をすることはありませんでした。菓子屋を承継する場合、一般的には製菓学校に行き、どこかの和菓子屋で経験を積むという流れが多いです。
ただ、父は「もうそんな時代ではない」という柔軟な考え方だったようで、就職も「好きなように選び、自分で責任を持ってやってみろ」というスタンスでした。
そこで、私は東京の大学に進学し、2009年に東京で興味のあった不動産業に就職しました。3年半ほど働いた後、思い切って別の業界に転職するなど、自由にキャリアを重ねていました。
2010~11年ごろ、当時の上司に「君のお父さんが新聞に載っているよ」と言われました。記事では父が「2020年に創業400年を迎えるので、その頃に息子に継がせたい」と言っていました。そこで初めて父の思いを知って、それならばと、家に戻ることを決めました。
時代遅れのブラック企業
──虎屋本舗の入社後は、どのような仕事をしましたか?
製菓学校や他店での修業経験がないので、和菓子の心臓であるあんこ炊きから始めました。1年半くらいは、小豆を洗って寝かせて炊いて、を繰り返す日々でした。
小さい頃から見てはいましたが、この作業に携わる人たちのおかげで、自分も生活できてていたのか、と改めて感じると同時に、素材一つひとつにこだわりを持つプロフェッショナル精神を学びました。
ただ、自分は職人に向いているとは思えなかったので、その後は営業や会社の雑務を手伝い、ビジネススクールにも通いました。
──入社時に感じた課題はありましたか。
私が入った頃は、典型的な地方の中小企業らしく、かなり時代遅れな点が多くありました。例えば働き方では、年間休日が少なく、繁忙期のクリスマス前は深夜まで全員でイチゴを切るとか、取れる時に限界まで注文を取るとか、まさにブラック企業でした。
また、職人の仕事は基本的に「真似して覚える」で、マニュアルがありませんでした。そもそも、会社としては赤字経営で、借金もありました。
根底は守りつつ、時代に合わせたビジネスモデルへ
──17代目として承継された後、会社はどのように変わりましたか?
まず、朝早くから働いて繁忙期は深夜までというブラックな働き方を見直し、残業時間や有休消化率を改善しました。
さらに、菓子作りも基本的なマニュアルを作り、パート従業員でも慣れれば作れるようにしました。ただ、やはりあんこの炊き具合を糖度計で測っても、最後の冷まし水のかけ方のタイミングなど、微妙な具合で味や質が変わります。だから、最終的には感覚的な部分がものを言います。
販売面は、従来は直営店に頼っていましたが、新型コロナウイルス流行によって贈答やお土産の売り上げが一気に無くなり、百貨店カタログなどの外販に力を入れるようになりました。現在は、売り上げの半分以上が外販になっています。
また、業務課題改善のために、国や県、市、財団などの補助金を多く使い、設備投資などに役立てました。
老舗としての味や理念など、変わらないものは根底にあります。一方で、時代に合わせてビジネスモデルを変革することは、どの時代も、どの承継も同じように必要だと思います。社長一人の力では到底無理なので、従業員全員で時代に合ったやり方を選択し、全員で続けられるような職場環境の整備に取り組みました。