そのワークショップを受けてからというもの、自分の嗅覚やそれから想起される思いがとても貴重で愛おしいものに思えてきました。嗅覚に集中することで、自分がどうありたいか、世界とどう関わりたいかに意識を向けることが簡単にできるということも新しい発見でした。
アタッシェ・ドゥ・プレスとして働いていた加藤さんが精油療法を志したきっかけは、母親の長い闘病生活でした。患者のみならず、支える側の人々の心身を多方向からケアする必要性を見出し、仕事を続けながら専門的に学びました。2019年には英国IFA(International Federation of Aromatherapists)のライセンスを取得し、精油療法士・国際セラピストとして活動を始めました。

彼女には花や植物が身近な環境で育ち、メンズ・ファッションのビスポークに関った経験があります。それらが結びつき、精油を通して「個人に合ったものを仕立てる」という道に自然に向かっていきました。
“香りで肖像画を描く”というアロマセラピーの古典的な表現を引用しながら「何事もはじめから決めるのは好きではない。常に疑問を持ち『これは違う』という違和感を見逃したくないというモチベーションで進んできた」と語ります。
カルテを基にオーダーメイドで調合する個別カウンセリング「パーソナルブレンディング」をメインに活動してきた加藤さんにとって、ワークショップは新しい試みでした。能登半島地震でみんなが心に衝撃を受け、それでも社会生活を続けなければならなかった状況を見て、生活の優先順位にない存在だからこそできることを探したと言います。
加藤さんのセンスが顕著に現れるのが、THENNのソーシャルメディアの世界観です。触れると、静寂の中であたたかな希望が灯るような感覚になる。それは加藤さんとの対話を通しても感じるものでした。このように私が感じた「THENNにおけるポジティブ性」について彼女に尋ねると、こう答えてくれました。
「ポジティブというのは、どこを向いているかという『ベクトル』の問題だと思います。『積極的に後ろ向き』という言葉があるように。たとえば香りの感受性にはポジティブな属性しかありません。扱うものがポジティブだからこそ、結果的に希望のある方向へ作用するのだと思います」
フロムは「愛するということ」で、愛の目的を「孤立を克服して、連帯感を得ること」だと定義しました。つまり、愛とは「分かり合えないもの」や「不確かなことと」の関わりかたのベクトルであり、方向性だと。
ラグジュアリーなものが社会の連帯感を後押しするためには、この「方向性」という要素は非常に重要だと感じます。加藤さんのTHENNのあり方は、そのベクトルをいかに軽やかでニュートラルな形で提供できるか、というひとつのヒントではないかと思いました。安西さん、どんなことを想起されましたか?