
リクルートホールディングス(HD)ディレクターの大野美希子は、2024年1月から国際監査・保証基準審議会(IAASB)のボードメンバーを務める。IAASBは財務諸表監査やサステナビリティ情報の保証などのグローバル基準を策定する国際組織だ。大野は17年にリクルートHDに参画後、グローバル資本市場向けサステナビリティ開示や財務報告との統合を牽引。インパクトに関する開示、対話も積極的に行ってきた。大野の現在の問題意識は、企業のサステナビリティ開示が進むなかで「社会がよりよくなるための企業開示のあり方」を改めて問うことだ。そのためには、企業が開示するサステナ情報が、実際の活動とつながっていることを示す仕組みが必要だ。世界各国では今後、企業に対して、財務諸表の監査と同様にサステナ情報の保証取得を求める方向に動く。IAASBが策定するサステナビリティ保証基準は、グローバルで保証品質を揃える役割を担い、インパクト情報も保証可能だ。大野は1月からインパクト志向金融宣言アドバイザーにも就任。「サステナビリティは大きく前進した。今後はインパクトが重要になる」。
「インパクト・エコノミー元年」の到来
2024年5月には、金融庁、経済産業省が事務局を務める官民によるインパクトコンソーシアムが本格始動した。「インパクトコンソーシアムにはインパクト投資を行う資金提供者に加えて、経団連や経済同友会、インパクトスタートアップ協会などビジネスサイドからも多様なプレイヤーが参画・対話し、インパクト・エコノミーへ向けたエコシステムが拡大している。こうした事例は海外から驚きをもって見られている」とSIIFインパクト・エコノミー・ラボ所長の菅野文美は話す。それ以外にも、経済同友会が提唱し、インパクトスタートアップ協会、新公益連盟と連携しながら取り組む「共助資本主義」プロジェクトをはじめ、同エコシステム醸成につながる動きも生まれている。
インパクト投資、そしてインパクト・エコノミーの動きとして、最も大きな動きとも言えるのが年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を巡る動きだ。24年6月、政府の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」のなかで「GPIF・共済組合連合会等が、投資に当たり、(中略)インパクトを含む非財務的要素を考慮することは、ESGの考慮と同様、『他事考慮』に当たらない」が記載された。そして同年11月には厚生労働省がGPIFについてもインパクト投資に向けて検討を始める方向性を示した。運用資産残高200兆円を超える世界最大の年金基金がインパクト投資に向けた一歩を踏み出したことによる、インパクト・エコノミーへの影響は極めて大きくなることが予測される。
「バタフライ効果」。本来はカオス理論の用語だが、「蝶の羽ばたきが、巡り巡って竜巻を起こす」という意味でも使われている。日本の「インパクト・エコノミー」をめぐるスタートアップ、金融、大企業、官、地域におけるこうした動きは、未来から振り返った時、「あの出来事があったから今がある」と言われるようなポジティブな可能性を秘めている。
英インパクト投資の大御所ロナルド・コーエンは「産業革命が、もっと最近では技術革命が世界を変えたように、インパクト革命も同じく世界を変えるだろう」とかつて述べた。国内のインパクト投資残高の11.5兆円はESG投資残高の2%程度というのが実態だが、同時多発的に起きている「羽ばたき」がどのような大きな影響につながっていくのか──。「インパクト革命」に向けた新しい章の幕開けが今起きている。