大型上場、大型調達、インパクトIPO
『Forbes JAPAN』日本の起業家ランキングを見てもその傾向は明らかだ。大型上場を果たした岡田がランキング1位に輝いた2019年にはじまり、直近3年間の1位を見ても、24時間365日対応のオンライン診療サービスを運営するファストドクター・菊池亮、水野敬志、新興国向けのマイクロファイナンスを手掛ける五常・アンド・カンパニー・慎泰俊、再生可能エネルギー開発・電力販売を手掛ける自然電力・磯野謙、川戸健司、長谷川雅也といずれもインパクトスタートアップ協会の正会員企業が並ぶ。22年に発足した同協会では、正会員数が発足時から約9倍の206社となり、環境・エネルギー、医療・福祉、食・農業、教育・子育て、金融包摂など幅広い領域の企業が集う。インパクトスタートアップが「新たなトレンド」として確立するなかで、それを加速する動きも生まれている。
「インテグリティ(誠実さ)をとても大事にしている。インパクトレポートでも、過剰債務問題というネガティブな影響にも目を向けたのはそれが理由です」
そう語るのは、五常・アンド・カンパニー経営企画部長の田中はる奈だ。同社は、民間版世界銀行を目指し、新興国向けにマイクロファイナンスを展開。マイクロファイナンス機関をはじめ、社会的インパクトを志向する事業者を買収、投資または設立し、その成長を通じて金融包摂の実現を目指している。現在、東南アジア、南アジア、中央アジアおよびコーカサス、アフリカなど13カ国で事業を展開。24年3月時点で、グループ全体の顧客数は240万人。連結営業貸付金は1200億円を超えた。顧客の9割は女性で、5人のうち4人は農村部で暮らす。同社では顧客への貢献を収入の増加だけでとらえず、「金融サービスを通して顧客がお金を上手にやりくりし、目標を達成するための良質な選択肢を増やすこと」だとしている。過剰債務に目を向けるのもそれに基づく。「スリランカやカンボジアで実施した現場の声に耳を傾ける『フィナンシャル・ダイアリー』を他国でも展開してR&Dを強化していきたい」(田中)。

同社は10月、シリーズFラウンドで175億円の資金調達を行った。14年7月の創業以降、累計の資金調達額は465億円。同ラウンドでは、日本を代表する機関投資家のアセットマネジメントOne、レオス・キャピタルワークス、三井住友トラスト・アセットマネジメントがそれぞれ運用開始したクロスオーバー・ファンドによる初の未上場株投資先となった。また、特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)を活用し、野村證券を通して国内の個人投資家を中心とした特定投資家から調達した50億円も含まれ、スタートアップのなかでも先駆的な大型調達を行った。執行役CFOの堅田航平は次のように話す。
「投資家の多くは、財務的なリターンは前提ですが、我々のミッション、ビジョンへの共感、共鳴を投資理由に挙げてくれる。富裕層の個人投資家たちとも対話をしていますが同様です。インパクト投資の定義に該当しなくても共感して投資をしてくれる方々の裾野は広い」
さらに、「インパクトIPO」と呼ばれる新たな事例が生まれた。インパクト指標を開示し、インパクトに関心のある投資家を呼び込む枠組みだ。それを実現したのが、病院向けに経営支援を行うユカリアが24年12月に行なった東証グロース市場への上場だ。機関投資家の住友生命保険、コモンズ投信、りそなアセットマネジメントの3社がコーナーストーン投資(上場承認時に中長期保有前提で一定の株式取得を約束する投資)を実施し話題となった。こうした企業の登場は間違いなく、インパクトスタートアップ業界の歩みを「新しい章」へと進める契機になる。
