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2015.08.20

「大学都市構想」こそ地方振興の切り札だ

長崎(写真)が「大学都市」の先進事例となる日は来るか。<br />(SeanPavonePhoto / Bigstock)



眼下の思案橋から路面電車の霧笛が響く。長崎の中心街から市東南の枇杷畑地帯に向かう急坂である。すり鉢のような土地には、木造の家々が重畳とへばり付いている。

「こげん家ば捨てて、街に下りよる年寄りが多かとですよ」。軽自動車のハンドルを切りながらカステラ屋さんの主人が嘆息する。昔から山間の斜面や坂の上の住宅で生活していたシルバー層が、街中に移住してきているのだ。急坂の昇降は年配者にはきつく買い物ひとつとっても大変だ。子どもたちは大都会に移り人手もない。人家が狐狸の棲み家と化す。

それでも市内はまだいいほうだ。県全体の高齢化率は30%に迫り日ごと年老いていく。長崎県だけではない。高齢化と人口減少による地方の衰退が全国で深刻の度を加えている。地方創生が声高に叫ばれるのも当然だ。

これまでも地方振興が繰り返し唱えられてきたが、めぼしい成果は上がっていない。その主な理由は、国土の均衡ある発展を旗印に平均的な戦力の投入を行ってきたからだ。今回こそ、限られた資源の配分的な投入がポイントになる。

具体的には、コンパクトシティ(CC)とCC 相互間の分散ネットワークの整備、地方の若返り促進、産業・雇用の創出である。

これらの3つを同時に実現する方策のひとつとして大学都市がある。地方にある大学をコアにした有機的なCCの実現により、日本が直面する地方衰退、少子高齢化や都市・地方間の格差拡大を解決するのである。

第1に、地方大学は地域貢献に大きく寄与している。例えば、信州大は地域支援のメディカル産業創出のための医工連携に、群馬大は外国人との協業による地域活性化に、宇都宮大は高齢化社会対応の地域貢献に、岩手大は「被災地学」を通じた地元企業への就職率アップに、長崎大は地場産業振興や離島の医療支援等々に気を吐いている。このような地域貢献に実績ある大学を街のど真ん中に配置してCCのコアにすべきである。

第2に、大学があれば当然若者が集まる。長崎市の例では、5つの大学に約1万3,000人の学生が通学しており市の人口の3%を占める。同県全体の学生比率1.4%の2 倍以上の密度だ。若い男女の密度が増しそこに留まれば、自然に結婚や出産につながっていくはずだ。

第3に、研究レベルも高い。文部科学省が優れた研究プロジェクトに与える競争的資金が科学研究費補助金(科研費)。過去5 年分の科研費の分野別採択状況が地方大学の健闘を物語っている。寄生虫学では長崎大がダントツ、デバイス関連化学は山形大が、食生活学では静岡県立大が第1位、高齢看護学は高知県立大がトップ、興味深いのは大ブームのクールジャパンに関わるエンタテインメント・ゲーム情報学で北陸先端科学技術大学院大が第1 位にあることだ。

今年のノーベル物理学賞受賞者は徳島大卒、08 年の同化学賞受賞者は長崎大で学んだ。しかも、最近は産学官連携の成果で、こうした地方大学発の先駆的な研究をベンチャービジネスに結び付けている。

以上の3つを上手に循環させられれば、東京などの大都市と地方の人材交流もおのずから促進される。長崎大の片峰茂学長は、正門のクリスマスツリーの横で長い白髪を撫でながら繰り返す。「人口減少対応でも地域活性化でも雇用創出でも、地方大学の役割はとてつもなく大きい」。

さらに、今やソフトパワー時代。地方色とソフトパワーの融合も重要だ。ハードの研究・開発だけではなく、例えば、芸術、芸能の人材養成やエンタメ産業の育成も有意義である。地方大学のエンタメ学部を中心に、アーティストやタレントが自在に活躍するクールジャパン都市をつくる。そんな初夢を見たいと思う。



文 = 川村雄介

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