海外で人気がなかったマダイを、米国の名だたるシェフから指名される食材に変えた赤坂水産。その秘密は、植物性の餌による「サステナブル」な養殖の実現と「熟成」にあった。
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東京・新宿。駅からほど近い寿司店でカウンター席に座っていると、次から次へと外国人が入ってくる。なぜこんなにも人気なのか──。メニューを見ると「熟成」の文字がある。これが鍵になっているようだ。
日本食レストランは23年にはグローバルで18万7000店(農林水産省調べ)にまで拡大し、なかでも寿司は日本食の代名詞となっている。ただ、海外では特にマグロやサーモンなど脂の多いネタが好まれ、タイなど新鮮な白身魚の魅力である淡白なうまみは理解されにくい。日本人が好む新鮮な魚特有のコリコリとした食感も「chewy」(ゴムのような質感)と表現され敬遠されている。
それを打開したのが「熟成」だ。冒頭の寿司店のマダイには、「熟成11日」との表記が。頼んでみると、見た目はいたって普通。しかし口に運ぶとやわらかくねっとりした舌触りで、かむと濃厚なうまみが口いっぱいに広がった。甘みが凝縮されて濃い目の味付けもマッチし、外国人にも好まれるのがわかる。
このマダイは、赤坂水産の「白寿真鯛0」。独自の血抜き方法で処理された後に出荷され、熟成されている。ブランド鯛のなかでは後発ながら米国市場でシェア2位を獲得し、2021年から2024年にかけて売上高は2倍、純利益は12倍に拡大した。
「熟成」の背景にサステナビリティ
ではなぜ「白寿真鯛0」が熟成に適しているのか。その秘密を知るため、愛媛県西予市の三瓶湾を訪れた。リアス式海岸を有する日本有数の養殖のメッカだ。この地で50万尾以上のマダイを育てる赤坂水産の3代目、赤坂竜太郎は語る。「タイは日本の海の価値を証明するための重要な魚。タイを通じて、日本の水産業の未来を切り開いていきたい」。
彼の原点は、水産業とは縁遠い数学の世界にある。三瓶で育った子ども時代から数学が大好きで、立命館大学で数学を専攻、大学院では確率論や統計学を研究した。
「数学は、まず自分で条件を設定した空間をつくり、そのなかで論理を展開していく学問です。その空間がいかに現実世界と乖離していても、役に立たなくても構わない。僕にとって、数学だけが完璧な学問なんですよね」
大学院卒業後は、数学の知識を生かせる都内の大手保険会社に就職。金融派生商品の価格付けを担当した。しかし3年がたったころ、役に立たないことを考える癖が発動し、純粋かつ根源的な問いに直面する。「自分は何のために生きているのか──」。
「保険・金融業界には優秀な人材が次々と入ってきます。でも、地方の水産業で働きたい、責任感をもって地域を盛り上げたいという人は少ない。地元に戻ったほうが役に立てるのではと考えました」
「数学で水産業を変える」という志を胸に、12年に家業の赤坂水産に入社。3年間の修業後マダイの養殖を任された赤坂は、まず養殖のコストの約6割を占める餌代の削減に取り組んだ。データに基づき餌の種類や量、与える間隔などを分析して最適解を探り、魚粉価格の高騰に備えた低魚粉飼料の給餌に成功するなど、着実に成果を残していった。