2.「本当に私のことを愛している?」
どれほど健全なカップルでも、話題が不安を呼び起こすような内容なら口論は感情的になりやすい。そして、弱い気持ちに負けてしまうと、パートナーの気持ちを測るため、あるいは自分を安心させるために「本当に私のことを愛しているの?(Do you even love me?)」と尋ねてしまうことがある。この質問は純粋な恐れや不安、フラストレーションから生じているかもしれないが、それでも関係性の行方に有害となりうる。このフレーズの問題は、関係における既存の信頼と安全の基盤を完全に損なってしまうことだ。
このような反応は、パートナーを―実際には彼らの愛とは何の関係もない対立の最中であっても―あなたを安心させることを強いられる立場に追い込む。パートナーの感情を繰り返し疑問視することは、やがて彼らの愛が常に試されているように感じさせ、パートナーを感情的に疲弊させることになる。
さらに衝突を解決する観点から見ても、この問いかけは本来の争点をぼかしてしまう問題を含む。意見の食い違いをどうやって乗り越えるか話し合う代わりに「愛しているかどうか」を主題に持ち込んでしまうためだ。言い換えれば「本当に私のことを愛しているの?」と尋ねることで、パートナーは自分の不満をきちんと述べる余地を奪われ、愛情を示すための弁明を強いられる。
最も上手く行ったとしても、この問いは相手が訴えている内容への責任を回避する道具となり得る。一方最悪の場合、『Procedia - Social and Behavioral Sciences』の研究が指摘するように「感情的な脅迫(emotonal blackmail)」とみなされる可能性がある。これは、こちらの望む行動や期待に相手が応えないとき、感情面で罰を与える行為を指す。このように「本当に私のことを愛しているの?」という問いは、パートナーの行っている意見表明や感情表出をあたかも攻撃のように扱い、罪悪感を与える仕組みとして機能してしまう。
もちろん、健康的なカップルでも衝突の中で不安や疑念を覚えることはある。しかし、彼らはお互いの愛そのものを問う必要を感じない。なぜなら、意見が合わなくても、それ以上に強い絆で結ばれているとわかっているからだ。もし不安があっても、罪悪感をあおったり圧力をかけたりはしない。
むしろ自分の気持ちを正直に認めつつ、会話が脱線しないように努める。たとえば会話を続ける前に「今すごく距離を感じているので、安心させて欲しい」というのだ。衝突の有無にかかわらずオープンな姿勢を保つことを常に心がけているため、それによって自由に感情的なニーズを表現することができる。そして何より、意見の食い違いが生じるたびにパートナーが愛を弁護しなければならないと感じさせることは決してしない。
(forbes.com 原文)