②KEYWORDS|POST SELF ACTUALIZATION

藤田一照|僧侶、翻訳家、国際布教使
マズローの先を行くポスト「自己実現」とは
「マズローの欲求5段階説」を発表した米国の心理学者A・マズローの研究は、「人間は自己実現に向けて成長する生き物」という考え方がベースにある。だからこそ、人間は生涯をかけ、より高次の欲求を満たすため行動をし続けると思われてきた。しかし、SNSが出現し、AIの技術進歩も著しい昨今、誰もがこの欲求の階段をいとも簡単に上ることができるようになった。では、私たちはどこへ向かうのか──。
「私たちはどんなかたちであっても、すでに自己を実現しているんです。落ち込んでいる自分も『自分』。飛びあがって喜んでいる自分も『自分』。誰でも『自己』以外ではありえない。だから自己実現はどんなときもすでになされているんです」
そう語る藤田一照の経歴はユニークだ。灘高から東京大学に進学、そのまま教育学研究科博士課程に進むも中途退学し、禅道場へ入山、曹洞宗の僧侶になった。
その後渡米して座禅指導に従事、スターバックスやフェイスブック、セールスフォースなどの大企業でも座禅を指導してきた。2005年に帰国し座禅の参究・指導にあたっている。
「幼いころから競争とかラットレースには乗りたくなかったんです」と藤田は振り返る。しかし、藤田のバックグラウンドをもってすれば、その競争において最も優位に走れたはず。そう尋ねると、「それは僕が本当にやりたいことではなく、世間のプレッシャーで生まれた欲求であり、他人の書いたシナリオです」と話した。
これまでの時代、「自己実現」という言葉は「今はまだ実現していない、こうありたい『我』」の実現を表すものだった。しかし藤田の言葉を借りれば、多くの場合、周りの欲望を自分の内在的な目標だと錯覚しているだけ。「現に生きているリアルな『自己』と、頭がつくったフィクションの『自我』は別物だからです」。
曹洞宗の開祖である道元は、「自我」のことを「吾我」と呼び「学道はすべからく吾我をはなるべし」と、自我から離れることを強調したという。「固定的な『吾我』にしがみついている限り、その人が変容することは不可能です。吾我の自由ではなく、吾我からの自由が禅の方向性です」。
一見、自己実現のしやすくなった現代。しかしそれは、他人の欲望を具現化するという偽りの自我実現だったのかもしれない。であるならば、私たちが今、これからの時代にしなければいけないことは何なのか。
「『自我』から離れ、『自己の正体』をよくよく吟味すること」だと藤田は言う。
「富や名声を所有する快感だけに目を奪われると、それには限りがなく、得たものは必ず失われるので安心がありません。しかし私たちは、すでにあらゆるものに恵まれて生きているんです。だから今ここの自己という存在の豊かさに気づくことが大事。禅は“独一無比の自己にどこまでも立脚して生きよ”と教えます。自己実現というよりまずは自己発見、自己成就ですね」