なかでも昨今、グローバル企業の台頭によって市場の均質化が進み、世界中で同じような商品やサービスが提供されるようになりました。また、生成AIはあらゆるビジネスの工程で活用され、標準化されたアルゴリズムにより均質化に拍車をかけています。
反動として今、市場では固有性を重んじる動きが強まり、企業は新たな価値創造を求められています。ビジネスリーダーは何をすべきなのか、ヒントがアートにありました。
アートが先駆けた脱均質化
美術館やギャラリーでよく見る、装飾や凹凸を排除した真っ白な壁で囲まれた展示空間。それは「ホワイトキューブ」と呼ばれる、20世紀の「モダンアート」(近代芸術)を象徴する展示形式です。視覚的要素を抑えて作品を際立たせる中性的な空間は、アートの鑑賞に理想的だとされ、20世紀前半にMoMA(ニューヨーク近代美術館)から世界へ波及しました。しかし1960年代になると、批判に晒されるようになります。背景には、「ポストモダニズム」の台頭があります。世界では19世期末から20世期半ばまで、伝統を否定し、普遍性や一元的価値観を追求する思想「モダニズム」が隆盛しました。ところが第二次世界大戦後に社会や経済、人々の価値観が大きく変化したことによって反発が生まれ、固有性や多様性、文脈を重視する「ポストモダニズム」の思想が広がりました。
芸術の分野では「モダンアート」(Vol.6記事で紹介したマネや印象派が代表的)に代わり、多様な表現や展示方法を重んじる「ポストモダンアート」(現代芸術。アンディ・ウォーホルなどが有名)が発展。均質な鑑賞体験をもたらす「ホワイトキューブ」に加えて、新たな作品の展示場所が模索されることとなります。
そこからアートは美術館やギャラリーを飛び出し、街中や工場の跡地、自然のなかにまでキャンバスを拡張していきました。その過程で、特定の場所でその特性を生かして制作される「サイト・スペシフィックアート」が生まれ、発展していったのです。

棚田のアートがもつ奥深い価値
この流れは、アートにおける価値創造の在り方を根本的に変えました。場所のもつコンテクスト、すなわちそこで暮らし働く人々の思想や営みまでもが、作品を構成する重要な要素となったのです。日本で代表的なサイト・スペシフィックアート作品のひとつとして挙げられるのが、新潟県南部の越後妻有に広がる里山を舞台にした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で展示されたイリヤ&エミリア・カバコフの「棚田」(2000年制作)でしょう。

この作品は、ただの農作業の再現ではありません。長い年月をかけて土地を耕し、棚田を作り上げてきた人々の「思想」や「営み」、その土地の記憶などをコンテクストとして読み解き、作品のコンセプトに組み込むことで、他にはない価値を生み出しているのです。