カトマンズのシリコンバレー
しかし、ネパール生まれで米国の市民権を持つハマルは、SecurityPalを単にアウトソーシング企業として成長させるのではなく、カトマンズに「シリコン・ピークス」と名付けた新たなスタートアップ拠点を築くことを目標としている。そのために彼は、ネパールでフルタイムの社員を雇用して、現地の平均レベルを上回る給与を支払い、トレーニングプログラムを実施するなど、長期的な成長を見据えた取り組みを行っている。「ただ質問に答えるだけでは、社員のモチベーションを維持するのは難しい。だからこそもっと大きな目標が必要になる。私が本当にやりたいのは、カトマンズにシリコンバレーを作ることだ」と彼は語る。
SecurityPalを2020年に創業したハマルは、子供時代の一部をネパール西部の農村で過ごした後に、政治家の父と教師の母とともに1999年に米国へ移住した。その当時、両親はネパールの内戦を受けて政治的亡命を求めたのだった。一家は、ニューヨークのクイーンズ地区で暮らし、父はレストランでの仕事で生計を立てつつ、新たに法学の学位を取得し、やがて健康保険の販売の仕事に就いた。
ハマルは並外れた才能を持つ学生で、高校時代にコロンビア大学のプログラムに参加した後に、スタンフォード大学で国際関係を学んだ。彼は、大学時代にマーク・アンドリーセン夫妻が運営する非営利財団で働いたことから、ハイテク業界のエリートたちと交わる機会を得た。
ハマルは、あるスタートアップに2年間務めた後に、2016年にTeamableと呼ばれる人材プラットフォームを共同創業して500万ドル(約7億7400万円)以上を調達したが、成長を急ぎすぎた結果、苦境に陥り、2020年に安値で他社に売却した。
次に何をするかを考えていたとき、脳裏に浮かんだのがTeamable時代の辛い記憶だった。ある夜遅く、大口顧客との契約が目前に迫る中、相手側から200ページものセキュリティ審査の質問票が送られてきた。徹夜で対応したものの、結果は散々で、契約は破談となった。「完全に失敗した。あれで契約が消えた」とハマルは振り返る。
彼は、同じような課題に直面するスタートアップを支援するためにSecurityPalを立ち上げた。創業当初は、「ひたすら動く」ことで顧客を獲得した。最初の大口顧客となったAirtable(エアテーブル)と契約を結んだ後、ハマルは数人の契約スタッフとともに徹夜で働き、通常であれば3~4週間かかるプロセスを1週間に短縮することに成功し、間もなくFigma(フィグマ)とも契約した。SecurityPalは、創業1年目で100万ドル(約1億5500万円)の年間経常収益(ARR)を達成した。


