仕事を失くさない人間とは
もうひとつのキーワードである「AIエージェント」は、自律的にタスクを実行できるAIツールのこと。現時点でのAIエージェントは人間の手助けをするアシスタントのような存在だが、さらなる進化を遂げれば、まさにひとりの人間と同じように仕事を任せられるようになる。「特に、営業や事務といったホワイトカラーの仕事全般がAIエージェントに任せられるようになります。そうなれば、今まで50人の人手を必要としていた仕事を5人でこなせるといったことが起こり、わずかな人数で大きな事業を動かせるようになるでしょう」
バーチャルヒューマンやAIエージェントの技術が発展し一般化すれば、生産性は飛躍的に向上する。少子高齢化で現役世代への負担増が課題視されているが、AIはその大きな支えになるだろう。しかしその半面、AIへのシフトが進みすぎれば、“AI失業”といった新たな問題にも発展しかねない。
クリエイティブ領域で生成AIの活用が進んでいる米国や中国では、すでにクリエイターの仕事の一部がAIに取って代わり、人間はAIが生成したものを微修正することが仕事になっている。仕事量が減ったことで報酬も目減りし、貧困化も進んだ。
「格差は広がるけれどAI失業は起きないと考えている経済学者が多くいますが、報酬がわずかであれば、それは失業と変わらないと僕は考えています」
そうした状況下でも仕事を失くさないのは、AIをしのぐクリエイティビティやホスピタリティをもった人間だ。また、AIのマネジメントにも人手は必要となる。AIに比べてロボットの開発や導入には時間やお金がかかるため、肉体を使う仕事にもしばらくは人手が求められる。
「近い将来に、ブルーカラーの仕事の人手は不足しているのにホワイトカラーの仕事では人手が余っている、というような巨大なミスマッチが起こると考えています。ホワイトカラーからブルーカラーへの労働の大移動が必要です」
人口が減少するなかでAIによって生産性が上がれば、いずれは供給過多となり、デフレが起こるといった問題もある。その対策として、井上はベーシックインカムの導入を提唱している。
「国民にベーシックインカムとしてお金を配り、需要を促進することが大事だと考えています。お金を配って消費してもらわないとバランスが取れなくなる。新しい資本主義が生まれるかもしれません」
井上はさらに、AIを活用することで人出が不要になるため、仲間で楽しく働く小規模事業者も増加すると予想する。
「大企業には勝てなくても、たとえその会社がもうからなくても、ベーシックインカムが生活のベースにあるという状況は、ユートピアに近いのでは。これからは自分で主体的に動ける人が日本の社会や経済を支えていくのだと思います」
いのうえ・ともひろ◎慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。2015年より駒澤大学経済学部で教壇に立つ。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』ほか。