人間は別の能力が進化する
SF小説家でもある安野は、24年7月に刊行した『松岡まどか、起業します。AIスタートアップ戦記』のなかで、AI Augmented Communicationが起こす変化を先取りして描いた。同書で、重要なモチーフとなっていたのが「人の死とAI」の関係だ。「生前の発言や活動を記録することが当たり前になれば、故人をAIで『復活』させて、生きているかのように語らせることも可能になる。今は倫理的な問題を感じる人も多いと思いますが、いつか遺影のように『故人AI』が亡くなった人をしのぶ表象となるかもしれません」
「ピクサーやディズニーの製作する映画のシナリオは、『このタイミングでこういう起伏をつくれば人は感動する』という型を常に模索していて、実際に世界中の人がそれを見て感動し、大ヒットしています。映画や小説、音楽もAIがそうした型の学習を積み重ねることで、人の涙を誘う作品をつくれるようになるはずです」
そのような時代になったとき、人間のクリエイティビティはどこで発揮されるようになるのか。その問いに対して安野の答えはポジティブだ。
「1万年前の人類にとっては『火をおこす能力』が生き延びるうえで必須のスキルでしたが、今やまったく必要ありません。近年でもGoogle検索の登場によって人間の記憶力は低下していますが、その結果、ゼロから何かを生み出す力が重要視されるようになりました。AIが人の思考を強化することで、人間の能力の別の面が進化するでしょう」
AIが人の間に入ってコミュニケーションをする時代に、人間に必要な能力とはなんだろうか? 安野は「AIが情報として読み込めないことを生み出す力が、求められるようになるでしょう」と述べる。「音楽の世界では、配信が普及したことで生身のアーティストの演奏が聞けるライブの価値が飛躍的に上がりました。『情報化できないリアルな体験』こそが、価値をもつようになるはずです」。
さらに時代が進んだ2100年ごろを見据えると「ほぼ確実にAIの知性が人間をはるかに上回る」と安野は断言する。
「人の寿命は200年ぐらいに伸び、人体と機械の融合も進んでいるかもしれません。例えば、脳科学の研究者から聞いた話では、右脳と左脳をつないでいる脳梁部分に画像処理センサーをつけることで、脳のニューロンにアクセスできる可能性があるそうです。そうした技術で脳の機械化や意識のデジタル化が進めば、いつか必ず滅びゆく人体という枠組みから、脱出が可能になる。人類が地球を離れて、太陽系のほかの星で暮らすようなSF的未来も夢ではなくなるかもしれませんね」
あんの・たかひろ◎1990年、東京都生まれ。作家、起業家、AIエンジニア。東京大学工学部システム創成学科卒。ボストン コンサルティング グループを経て、BEDORE、MNTSQなどAIスタートアップを立ち上げ。現在は一般財団法人GovTech東京のアドバイザーを務める。