世界でも先駆けて、大企業で「インパクト」という概念に関する取り組みを行ってきた英ユニリーバ。同社を10年けん引し「ネットポジティブ」を提唱してきたリーダーが今、あらためて世界に問うこととは。
「パーパス(目的・存在意義)主導型の変革」で「ネットポジティブ」な世界を築こう──。世界の企業幹部に向けて、そう呼びかけるのは、食品・日用品大手の英ユニリーバを10年にわたって率いたポール・ポルマン元最高経営責任者(CEO)だ。
ポルマンは、『Net Positive ネットポジティブ「与える>奪う」で地球に貢献する会社』(共著アンドリュー・ウィンストン、三木俊哉・訳、日経BP)の著者でもある。ネットポジティブとは、「ネットゼロ」を超えて環境や社会にプラスの効果を及ぼすことだ。2018年12月の退任から6年。100万人を超えるSNSのフォロワーをもち、パーパスやESG(環境・社会・ガバナンス)の書籍で頻繁にその実績が取り上げられる元ユニリーバCEO──。
トランプ政権復活で、気候変動対策やDEI(多様性・公平性・包摂性)、ウォーク(意識高い系)文化の後退が予想されるなか、ロンドン在住のポルマンが、多忙な日程の合間を縫って取材に応じた(米新政権発足前の2024年12月半ばに実施)。
──トランプ大統領は、グローバルな気候変動対策の「パリ協定」から米国を再離脱させるものとみられています(注:就任初日の1月20日、パリ協定離脱の大統領令に署名)。株主だけでなく全利害関係者を重視するステークホルダー主義やESG、DEIに逆風が吹いています。
ポール・ポルマン(以下、ポルマン):トランプ大統領は第1次政権下でパリ協定から離脱し、3ケタに及ぶ環境規制を撤回した。一方、世界が、そうした状況に対処することができたのも事実だ。
米国で、「ESG」という言葉がサンドバッグさながらに、左右から叩かれる対象になっているのは確かだ。左派は「企業の取り組みが不十分だ」と、こぼす。右派は、「『リベラルなアジェンダ』の採用が自由市場の競争をゆがめる」と言う。その結果、多くの企業が気候変動に関して口をつぐむ「グリーン・ハッシュ(沈黙)」が起こっている。
だが、企業が気候変動や格差、生物多様性の破壊などの問題に挑み、未来に向かって自社の立場をより良くすることは経済的にも割に合う。実際、トランプ復活を前に、650人に及ぶ第一線の投資家が米国にパリ協定の順守を呼びかけている。優れた気候変動政策は優れた経済政策につながる。
バイデン政権下では、主要な気候変動対策を盛り込んだ「インフレ抑制法(IRA)」で、製造業が大きく変わった。要は競争力だ。IRAの補助金の8割は共和党地盤の州に配布された。同党議員は、その継続を求めている(注:トランプはIRA撤廃を公約)。雇用創出と製造業の機会はグリーン経済にある。グリーン経済のテクノロジー44種のうち、電池や太陽光発電など36の分野で、中国が先行している。
とはいえ、多国間レベルで役割を果たしてきた米国が後退し始めていることが問題だ。世界の二酸化炭素(CO2)排出量に占める米国の割合は約13%にすぎないため、トランプ政権による気候変動対策の減速は、さほど大きな影響を及ぼさないかもしれない。
しかし、米国が国際レベルで果たしていた役割の大きさを考えると、その限りではない。ジョン・ケリー米気候問題担当大統領特使はほかの国々に対し、気候変動対策を強化するよう訴えていた。
だが、2024年10月後半〜11月初めに南米コロンビアで開かれた第16回国連生物多様性条約締約国会議(COP16)は合意に至らなかった。米国の動きが鈍くなっていることも影響していそうだ。