子ども向けITのグローバルスタンダードを生む
1995年、ベルギーのブリュッセルで開催された先進7カ国情報通信閣僚会議G7サミットに大川氏は民間代表として出席し、子どもの声を聞く「ジュニアサミット」を提唱しました。同年10月、日本の政府や経済界が音頭をとって、20か国の子どもが東京に集まりデジタル社会の未来を論じる「GIIジュニアサミット’95」が開催されました。
その第二回はMITメディアラボがホストとなり1998年に開催され、139カ国3千名の参加者の中から選ばれた94名の代表がMITに集まりました。そのジュニアサミットの席上、MITが「Okawa Center for Future Children」(大川センター、大川氏が2700万ドルを寄付)設立を発表しました。メディアラボという研究組織、中でも子どもにフォーカスした活動を支援し、デジタル社会の未来をつくろうというソーシャル・アントレプレナーシップの先駆です。
筆者は息子が4歳になったとき一緒にスクラッチでゲーム作りを始めました。そのスクラッチなるプログラミング言語は、大川センター・ディレクターのミッチェル・レズニック教授らの研究から生まれ、いまや世界の多くの小中学生に利用されています(ユーザー登録1億人以上)。大川氏のビジョンと寄付、そしてメディアラボの革新性と人材のコラボレーションが、ITのグローバルスタンダードの一つを生んだのです。
大川氏に刺激を受けた筆者は、起業家教育・育成やコミュニティづくり、政府・自治体のスタートアップ支援策、そして海外とのコラボレーションに取り組んでいます。パイオニアを支援し、未来をつくる活動に取り組む。大川氏が苦労して辿り着いたことを、そんなお金はありませんが生きがいにできることを筆者は幸せだと感じています。


