北條がここで働くようになるのは、自然の流れだった。2016年より東京から北九州に居を移し、かつては官営製鉄所の所在地として名をはせた八幡地区にある抱樸館北九州にて支援員として働きはじめた。
八幡の抱樸館北九州。昼の時間帯は一般の人にもランチを提供している「おいちゃんの葬式で骨をひろわせてもらったとき、その人の人生に深く関わらせて頂いたのかなと感じました」と北條は言う。「もっと出来ることもあったのでは、そう思うこともありますが……」
抱樸館北九州にはおよそ30人の“おいちゃん”たちが暮らしている(少なからず女性もいる)。
北條にとって、おいちゃんたちはおじいちゃんのような存在で、おいちゃんたちは北條に対し、まるで孫のように親身になって接してくれる。この関係性を抱樸や北條は、少しちゃかして“なんちゃって家族”と呼ぶが、さまざまな問題を抱えて生きるおいちゃんたちと「血がつながっていないからこそうまくいく」こともあるのだと身に沁みて感じている。
そして、実はケアしているつもりの自分が、おいちゃんたちにケアされて癒されているのではないか、そう感じることも多々あるという。
「希望のまち予定地」にある仮施設SUBACO前にて。壁面の絵は、北九州市在住の黒田征太郎氏とともに地元の子供たちが描いたものシェアハウスの運営も
北條はプライベートで、4年前から小倉からほど近い門司港でシェアハウス「門司港ヤネウラ」の運営もはじめた。そこで、ゆるやかに入れ替わるシェアメイト数人と共に暮らす。一方、抱樸では支援員から広報に異動し、最近では「希望のまちプロジェクト」のクラウドファンディングを担当した。北九州市小倉北区神岳——かつての小倉炭鉱の入り口で指定暴力団の本部があった土地。そこに「希望のまち」は建つという。
複合型社会福祉施設「希望のまち」は、救護を必要とする人々が生活したり、避難できる機能を備える一方、一階にはオープンスペースを設け、地域の人たちとも自然と交流できるような開かれた空間を展開する。従来のような人里離れた場所にポツンとたたずむ閉鎖的な施設ではない。
「希望のまち」建設予定地。2025年1月14日に起工式が行われ、同月27日の着工を予定している今回の取材は、この建設予定地にあるプレハブの仮施設SUBACOで行った。よく晴れた日で、空が澄んでいた。前回訪れた夜の印象とはうってかわって、広々とした開放的な空間に少し驚いた。
少年のときの私は、この場所の存在を知らなかった。しかし、いまはこの場所について、あるいは小倉という街について少しは理解できるようになった気がする。
土の存在を都市の生活で意識することは少ないが、都市のコンクリートの下にはおよそ土があり、その土は広く遠く繋がっている。
いま建設を控え、砂利の下に隠れて見えないこの神岳の土地にも土はある。その土は、これまで人間という生き物の生きようを下から見守ってきたし、そしてこれからも変わらず見守っていくのだろう。


