経営・戦略

2025.01.17 15:15

北九州の「希望のまち」予定地で “家族機能”の社会化を目指す

「抱樸」広報の北條みくる


中学から高校へと進学するにつれ、「行き先の決まったレールに乗せられている」と感じ、息つく間もなく学業や決まりごとに追い立てられる日々に、北條は言いようのない閉塞感を感じるようになっていた。自分が果たして何のためにどこへ向かっているのか、未来図を明るい色で描くことが出来なくなっていた。
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そんな感情を抱いていた彼女にとって、日本から遠く離れたアルゼンチンで遭遇した「いま、その瞬間を生きる」人々の底抜けの陽気さとたくましさは、衝撃的で目が覚めるようだった。

ホストファミリーが、人種も国籍も言語も異なる、見ず知らずの自分を“家族”同然に迎えてくれたことも心底嬉しかった。夕食どきともなれば、いつの間にか知らない子が集まってきて、自然と一緒に肩を並べてご飯を食べた。

北條は制御できなくなりつつあった胸の空洞が、物質的には豊かとは言えないアルゼンチンでの生活で癒されていくのを感じ取った。「自分が探していた、欠けていたピースがここにはある」と直感した。

“断らない”団体、抱樸

1年間の留学を終えて帰国。大学で文化人類学を学んだ後、東京で、当時はまだ珍しかったシェアハウスを運営する会社に就職した。

そこで北條は入居を審査する立場となった。仕事自体にやりがいは感じていたものの、主に収入や保証などの面で希望者に断りを入れなければならないことに疑問をもつこともあった。その後東京のどこかに自分の家をみつけることが出来ただろうか、と時折考えを巡らせた。
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都会には人が溢れ、いつも光で眩いが、その反面、人の心には容易に「孤独」と「不健康」の種が宿るものだ。少し道をそれると、手からはいとも簡単に富がこぼれ落ち、見知らぬ誰かが我が物と握りしめる。そんなとき近くに、例えば食事を共にしたり、相談をできる人もいなければ、どうなっていくのだろうか——そんなことを考えた。何も他人事ではなく、「わたしはたまたま、“ここ”にいる」だけなのだ、と。

北條はある日「北九州に抱樸という団体がある」と、知人から聞いた。抱樸は“断らない”団体を標榜している。“断らない”とは、抱樸においては “その人を一人にしない”ということと同義なのかもしれない。

困窮しうずくまる者がいれば手を握り、あらゆる社会の網からこぼれ落ちてしまった人、縁という名の救命ロープが切れてしまった人に対峙しては、ひとりひとり丁寧に寄り添っていく。抱樸は、上下に力が働く縦の方向ではなく、横に拡がっていく “家族機能”の社会化を目指し活動している。
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文=長井究衡

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