
なぜペアリングなのか?
そもそも、このお店のコンセプトとして、なぜペアリングを軸にしようと考えたのか。それには大橋氏の経営者としての熟考と決断があった。きっかけはコロナ禍だった。母体である山仁は、栃木に拠点を置く1929年に創業の酒屋だ。今では日本の全県に取引先がある。大橋氏はその三代目社長として海外にも商品を輸出するなど事業を拡大していた。顧客たちは、マスター・オブ・ワインで世界のトレンドに敏感な大橋氏の知見やネットワークに厚い信頼を寄せている。
山仁の主要取引先は、レストランなどの飲食店(「オントレード」という)。コロナ禍の前は山仁の売上の90%を、オントレードが占めていた。こうした事業環境が、2020年に一変した。国内はもとより、海外輸出も皆無となり、事業モデルは存続の危機に陥った。
「コロナ禍はいつかは収束するものだと思いましたが、それが何年先なのか誰にもわからないなか、オフトレード(小売店など)に進出することがとても重要な策だと感じました」と大橋氏は当時を回顧する。
しかしながら、酒類の小売り販売には、既に多くの競争相手がいて、差別化ができない。周りのビジネスを見渡しても、様相が変わっていた。「例えば、(コスメブランドの)イソップの店では、手を洗う体験を通した共感で顧客をつかんでいます。キャンプ用品のブランドは、山で実際に使うイベントを開催している。ただ製品を売るのではなく、体験を一緒に売る時代になっているのを感じました」と言う。
確かにワインの世界でも、特にコロナ禍以降は、ただ良いワインを味わうだけではなく、仲間たちと唯一無二の体験を共有することや、ワイン試飲にプラスアルファの体験をしてそのワインとの一生の思い出をつくることで、その後リピーターになる場面を目にする。
その頃、スタッフが見つけてきた市場調査が目に入った。「コロナ禍が終わったらどんな飲食店にいきたいか」というアンケート結果の首位と僅差の2位に、「美味しいお酒と相性の良い美味しいものをじっくりと楽しみたい」とあったのだ。この点では、自分たちにしかできないサービスが提供できるのではないか、とそこにビジネスチャンスを感じた。