登壇者として招かれたオードリー・タン氏は、台湾史上最年少でデジタル担当大臣を務め、世界的にその独自のリーダーシップと多元性を重視した政策で知られている。一方、日本で最速でユニコーン企業となったSakana AIの創業者である伊藤錬氏は、グローバル市場を視野に入れた独創的なビジネスモデルとオープンソースを活用した持続可能なアプローチで注目を集める人物である。
パネルディスカッションに先立ち、オードリー・タン氏が15分間の基調講演を行った。その講演は、テクノロジーを活用して社会の分断を協調へと変えるという彼女の取り組みと哲学を深く掘り下げるものであり、セッション全体の方向性を決定づける重要な内容となった。この講演の要点をまず紹介したい。
市民の力で社会を動かす:オードリー・タンの多元的アプローチ
オードリー・タン氏は、2014年の台湾で政府への信頼が史上最低の9%にまで低下していた状況から話し始めた。人口2300万人の台湾で、約2000万人の市民が政府の発言に懐疑的な態度を取るという事態だったという。この信頼の喪失の要因として、ソーシャルメディアの急速な普及と初期のAIアルゴリズムの影響があったそうだ。当時、ソーシャルメディアは怒りや不信感を容易に拡散し、社会の分断を助長するとともに、政府や公共機関への信頼を揺るがしていたという。こうした信頼の崩壊に対して、単なる抗議活動に留まらず、AIを協力のためのツールとして活用する新たなアプローチが模索された。そして2014年3月、彼女と市民運動の仲間たちは台湾の立法院を占拠し「デモクラシー・スフィア(民主主義の場)」と名付けた非暴力的なデモンストレーションを開始した。この活動は3週間にわたり行われ、市民テクノロジーを活用して貿易交渉に関する公開討論が進められた。参加者たちは意見の相違点を可視化し、それを元に建設的な対話を通じて分断を乗り越える方法を模索したという。その結果、まとめられた具体的なアイデアは国会議長に受け入れられ、政策形成に直接的な影響を与える成果を上げた。オードリー・タン氏は、「AIと市民テクノロジーを活用することで、市民が対話を通じて協力する新しい仕組みを作り上げた」と振り返える。