シンガポールを象徴するマリーナベイ・サンズにあるバシャコーヒーの店舗は、アルマーニとザラに挟まれている。カフェの店内の壁は、床から天井まで並べられた、目の覚めるようなサフラン色の四角いコーヒー豆の缶で飾られている。最も高い銘柄はブラジル産のパライソゴールドで、バシャでの小売価格は100g当たり1100シンガポールドル(840ドル)だ。客は、200種類以上ある100%アラビカ種の豆を使ったコーヒーをすすり、コンテチーズクロワッサンをかじりながら、財布のひもをもう少し緩めるべきか思案してもいい。例えば、金のコーティングを施した金属にガラスを組み合わせたスルタン・コーヒーポットはどうだろう。ちなみに値段は3899シンガポールドル(SGD)だ。
バシャコーヒーを店内で楽しむには空席待ちの列に並ぶのが一般的だが、そこまで待たずにカフェインを摂取したい人は、目と鼻の先にあるTWGティーをのぞいてみる手もある。英国のティールーム様式の店内は、壁一面が黄色の茶缶で埋め尽くされている。TWGでは、入荷されていればだが、日本産緑茶のインペリアル・ギョクロが50g当たり1271SGDで販売されている。
「ただのコーヒーショップやティーショップではありません」
両チェーンを所有・経営する非公開企業V3グループの会長であるロン・シムはそんなふうに語る。
「私たちは高級ブランドを築いているのです」
シムが人気の高級品を生み出すのは、これが初めてではない。シムのブランドポートフォリオにバシャが加わったのは、どちらかといえば最近のことだ。彼のポートフォリオのなかで最も知られているのは、ぜいたくな仕様でかつ高価なマッサージチェアのOSIM(オシム)だ(地球の形を表す「O」の後に自身の姓であるSIMをつなげた)。一時は東南アジア中のショッピングモールに出店し、10年前にシムをビリオネアに押し上げた。このビジネスの全盛期は過ぎているが、バシャやTWGが加わったことによって、シムのポートフォリオは活気づいている。
今日、シムの推定16億ドルの資産は、健康補助食品や店舗用備品、不動産をはじめとする多様な事業への投資によって構成されている。シムはこの投資ポートフォリオの運用をV3グループの本社から指揮しているが、それは都市国家シンガポールのきらびやかなショッピング街とはかなり様相の異なる郊外の産業地区にある。V3の会長である彼は最近、普遍的な訴求力をもつ、とりわけ若い富裕層を対象にしたブランドの創出に熱中している。それも、規模拡大と海外進出が可能なブランドだ。