映画はパリ北部近郊の五つの病院を舞台にしている。厚生労働省の資料によれば、フランスの高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)が10%に到達したのは1933年。日本の1986年よりも半世紀以上早い。少子化に悩む日本よりも、フランスの高齢化率の伸びは緩やかだが、2023年のフランスの高齢化率は世界第13位の22%となっている。(日本は同2位の30.07%)。
高齢化の影響もあり、フランスの医師や看護師の負担は増える一方だ。映画では、病院をあてもなく歩き回ったり、急に奇声をあげたりする認知症とおぼしき高齢の女性患者、病室への隔離を余儀なくされている患者なども描いている。テイラー氏は、こうしたシーンを加えた理由について「高齢化は、日本を含む西側諸国共通の深刻な問題です。人間は肉体だけではなく精神にも支えられています。年を取るにつれ、脳の機能が低下していく様子も紹介する必要があると考えたのです」と語る。
また、フランスでは大学の入学制限などの影響から、医師の不足や地域による偏在などの問題が深刻だという。映画のなかでは、医師が「1週間に20人を手術して、いつか倒れる。寂しい人生だ」と語るシーンがある。テイラー氏は「国公立の病院の場合、高額な治療薬や設備投資に予算が取られ、医師や看護師の給与が上がらない問題があります」と話す。
一方、映画の冒頭には「集中治療室で働くと『今日を楽しまなければ』と考える」というセリフが飛び出す。テイラー氏は「集中治療室には、もう長く生きられない患者も来ます。生と死を考えるなかで、病気という存在を意識せざるをえない人の言葉だと思います」と説明する。映画では、病院の壁に書かれた無数の落書きも映し出す。病院のそばに大勢いる麻薬中毒患者らが書いたものだという。
テイラー氏によれば、映画の撮影には7年かかった。テイラー氏は「なぜ今、映画を作るエネルギーが生まれないのか」と自問したという。「それは、世界が崖っぷちに立たされているように見えるからです」と語る。「ウクライナで地上戦が、ガザで恐怖と大量虐殺が起きています。移民排斥主義、ポピュリズム、ナショナリズム、ファシズムが世界中で復活しています。今にも第3次世界大戦が起こりうるようにも感じられるのです」。世界各地で病気や怪我と格闘する医師たちも、テイラー氏と同じような思いを抱いているのかもしれない。
テイラー氏は「私たちの映画は芸術やホラーの類ではなく、人間の体に対する一種の哀歌のようなものだと思います。人体は傷つきやすく脆弱ですが、信じられないほどの力と抵抗力、生きたいという意志も持っています」とも語る。
テイラー氏らは次回作として、環境と気候変動を取り上げる計画だという。「深刻な問題を世界に訴える映画を作る必要があると感じています。残念ながら、小さな予算で作られますから、少数の人々にしか届かないかもしれません」と語る。「ただ、実験映画や前衛映画を作ろうとしているわけではないのです」。世界では、テイラー氏らが「取り上げなければならない」と考えるテーマが増える一方なのかもしれない。
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