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2025.01.10 16:00

量子コンピュータのビジネスエコシステム創出を目指す産総研

2023年末以降、世界各国で量子コンピュータの産業応用に向けた動きが本格化している。

日本国内においても、量子ビジネスエコシステムの創出は国家戦略に位置づけられる重要アジェンダだ。

その旗を振る国立研究開発法人産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)の副センター長・堀部雅弘に同センターが果たす役割について聞いた。

現在、国立研究開発法人・産業技術総合研究所(以下、産総研)が注力する領域のひとつが、量子コンピューティング※だ。
※参考:産総研マガジン「量子コンピュータとは?」

量子コンピュータの研究・開発の進展によって、これまでの古典的コンピューティング技術では困難とされてきた瞬時の複雑な計算が可能になると期待されている。

量子コンピュータの産業応用が実現することによって飛躍的な発展が期待できる領域は、創薬や材料開発、物流や交通、金融、さらには供給に応じた電力の需要調整(デマンドレスポンス/DR)の整備が求められるエネルギー市場など、さまざまだ。

そのため、これまでも量子コンピュータの基礎研究やハードウェア開発が各国で進められてきた。

しかし、量子コンピュータの産業応用には、1,000量子ビットを超える量子コンピュータの構築や量子エラー訂正技術の確立といった大きな技術的障壁が存在し、数年前まで実用化に耐えうる量子コンピュータの実現は2040年以降というロードマップが引かれていた。

ところが、23年末に米IBMが1,000量子ビットを超える超伝導量子コンピュータを発表。その後、量子コンピュータを手がける米スタートアップ「QuEra Computing」が量子エラー訂正技術の開発に成功するなど、当初の想定から20年近く前倒しになる形での技術発展が実現した。これを機に、一気に産業応用への気運が高まることとなった。

こうした状況を受けて、現在、量子コンピュータの研究開発と産業応用は、日本においても重要な国家戦略として位置づけられている。

「世界各国は目下、量子コンピューティング技術の確立および産業化に関する国家戦略を定めています。世界共通の認識として、今は量子コンピュータによる社会的価値や市場を創出するための最終的なユースケースをどうつくるのかが焦点です。ハードウェアだけでなくソフトウェアを開発し、優れたユースケースを生み出して産業価値を上げることで投資を呼び込み、そこからまた基礎研究や開発を進めて、さらなる産業応用を生み出していく……。いわば量子コンピューティングのエコシステムを生み出すことが各国の重要戦略となっているのです。

ほかにも、産業拡大によってごく少数の企業に依存しているサプライチェーンのレジリエンスの向上とそれに紐づく製造コストダウンへの期待、あるいは現在の暗号化技術が無効化される懸念から安全保障といった観点でも重視され始めています」(堀部雅弘。以下、堀部)

堀部によれば、アメリカでは企業における量子コンピュータの試験的な導入が進んでおり、これまで基礎研究に軸足を置いていたヨーロッパでも複数のスタートアップ企業が実験設備として提供・販売するなど、ハイパフォーマンスコンピューティングベンダーらと共にシステム化へと乗り出しているという。

また、24年10月にはGoogle Quantum AIがQuEra Computingへの大型出資を発表。MicroSoftも量子コンピューター開発企業「Atom Computing」とタッグを組んで今年中に商用量子コンピュータの発売を予定するなど、量子コンピュータの産業化に向けた動きはグローバルに本格化している。
堀部雅弘 国立研究開発法人産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 副センター長

堀部雅弘 国立研究開発法人産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 副センター長 

量子コンピュータ産業応用の全機能を備えたG-QuAT

こうしたなかで、日本におけるユースケース創出や産業プラットフォームの提供といった重要な役割を果たすと期待されているのが、産総研と量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)だ。

23年7月、G-QuATはそれまで基礎研究・開発中心だった量子技術の産業利用推進を目的とし、経産省の支援のもと、「量子未来社会ビジョン」ならびに「量子未来産業創出戦略」に基づいて設立された。量子コンピュータのグローバルな開発拠点であるG-QuATの強みについて、堀部は「1つの組織が3つのインフラ機能すべてを備えていること」だと強調する。

3つのインフラ機能とは何か。まず特記すべきは、量子コンピュータの専門家に加えて、ユースケースを創出するうえで重要なハイブリッドな計算リソースを有しているということだ。つまり、G-QuATは量子コンピュータを提供するベンダー側と実際に量子コンピュータを活用してビジネスを生み出すエンドユーザーとが連携可能な場として機能しているのだ。

次に、G-QuATは既存のコンピュータ・通信分野のサプライヤー企業がもつテクノロジーの量子向け展開にも取り組んでいる。

G-QuATには極限化での評価環境が備わっているため、新たに開発された量子コンピュータ用部品の品質保証を行うことができる。ハードウェアのコストダウンと品質の担保は量子技術産業化の重要要件であり、その両者をG-QuAT内で完結させることが可能だ。

最後に、量子コンピュータの心臓部である量子回路の製造技術開発を2つの方向性で進めていることが挙げられる。次世代機に求められるトップエンドの回路製造を目指す研究に加えて、大量生産を前提としたロバスト(堅牢)性の高い製造技術開発を行っているのだ。

「量子コンピュータによるソリューションを発展させるうえでは、次世代機の開発が必要です。そのためには量子コンピュータ用部品のテストベッド(実証実験用基盤)や評価方法、また新たな量子チップの製造技術が求められ、G-QuATはそのすべての機能を有しています。また、次世代機を活用したユースケースを創出していく際に必要となるハードウェアとアプリケーション、それぞれのプレイヤーもG-QuATに集まっている。それぞれの領域から相互的なフィードバックが起こることによって、産業サイクルが回っていくモデルを構築できるのです。これらすべての機能をひとつのリアルな拠点として有しているのは国内ではG-QuATだけであり、世界的にも類を見ない環境と言えます」(堀部)

研究・開発から実用化、さらに実証に基づいたフィードバックを次世代機開発へとつないで、新たなユースケースを生み出していくーーこの循環構造こそが、G-QuATの掲げる「量子ビジネスエコシステムの創出」だ。

また、産総研はQuEra社が開発する中性原子量子コンピュータの商用オンプレ第一号機を日本で唯一導入しているほか、日本の量子スタートアップ「OptQC」が開発した光量子コンピュータの第一号機(メインカットは同機のモック)を設置し、26年度からの商用提供開始を支援する。

超伝導や中性原子、光など、量子技術の多様な方式に対応する開発環境を整備した形だ。加えて、産総研の有するGPUスーパーコンピュータ「ABCI-Q」を米半導体メーカーNVIDIAが支援するほか、24年5月には米IBMと量子技術の産業化に向けた研究協力覚書を締結するなど、海外企業との連携も強化している。

こうした量子コンピュータの産業応用のための全機能を賄える環境のもと、G-QuATではすでに産総研の他の産業研究領域と連携して、エンドユーザー企業と共にユースケース創出に向けた取り組みに着手している。

「日本は海外と比べても、半導体関連分野の素材や製造業、バイオものづくりといった材料業、また世界に誇る交通システムを有するなど、量子コンピュータのユースケースを生み出せる産業の層が厚く、これは我が国の強みでもあります。産総研やG-QuATがプラットフォームを提供することで、さまざまな分野の企業が量子技術を活用したビジネスを手がけることが可能になります。

加えて、私たちは研究開発段階からグローバルステークホルダーとの連携体制を整えているため、グローバル市場を見据えたビジネスやスタートアップが生まれることも期待できます」(堀部)

投資拡大でユニコーン企業の誕生にも期待

日本の最前線に立ち、量子ビジネスエコシステムの創出を牽引する産総研とG-QuATだが、今後解決すべきとしている課題もある。開発技術だけでなく、量子コンピュータの研究・開発側とエンドユーザーとの間のマインドギャップも埋めていかなければならないと堀部は考えているのだ。

「量子コンピュータの研究・開発者はどうしても量子コンピュータを中心に何ができるか、という発想になってしまいがちです。一方、エンドユーザー側は自分たちが関心のある問題を解きたい。それは究極、量子コンピュータでなくてもいいのではとなってしまいます。この立ち位置の違いをお互いが理解しないと齟齬が生じることとなり、優れたユースケースや市場の創出にまでたどり着くことは難しいと言えます。そこで、量子コンピュータに関する機能をフルスタックで有するG-QuATが、研究・開発者とエンドユーザーをつなぐプラットフォームとなることが重要なのです」(堀部)

産総研には、古典的コンピューティングやインフォマティクスの技術と知見も備わっている。量子コンピュータ単体での問題解決に固執するのではなく、古典的コンピューティング技術と併用することで、より効率的で実現性の高いソリューション開発が望めると、堀部は胸を張る。

「産総研とG-QuATが良質なユースケースを創出することで、経営層や投資家の方にも今まで以上に量子の可能性を感じてもらうことができるはずです。経営層や投資家といったビジネス側の意見を取り入れられれば、量子コンピュータ分野への投資環境も完成され、将来的に日本からユニコーン企業が生まれることもありうるでしょう。量子ビジネスエコシステム実現のためには、民間セクターからの投資拡大が必要不可欠なのです。

民間からの投資が拡大し、産業として量子ビジネスエコシステムが上手く回るようになると、いずれG-QuATに求められる役割はインフラ機能といった最小限のものになるかもしれません。将来的には企業が自社で量子コンピュータをもつのが当たり前になるくらい、日本の量子コンピュータビジネスを拡大していく。それこそが産総研とG-QuATが目指す未来でもあるのです」(堀部)


産総研とG-QuATは、量子コンピュータの社会実装とグローバルビジネスエコシステム構築に向けて邁進し続けている。量子力学100周年を迎えた25年、量子コンピュータが私たちのビジネスにとってより身近な形で現れる未来も遠くなさそうだ。


G-QuATについての詳細はこちら

ほりべ・まさひろ◎国立研究開発法人産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 副センター長。量子工学博士号取得。産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門 電磁気計測研究グループ長、経済済産業省研究開発調整官、内閣府企画官を歴任した後、2023年より現職。

Promoted by 産業技術総合研究所 / text by Michi Sugawara / edited by Akio Takashiro / photographs by Takao Ota