なぜ、こんな余計なものを背負わされたのだろう。なぜ、僕だったんだろうと、ずっとその答えを求め続け、来る日も来る日も真摯に料理に向かい合い続けてきた。
神戸・三宮の街中にありながら、まるでスペイン郊外の古民家で食事をしているような気にさせられるレストラン、「カセント」。そのオーナーシェフ、福本伸也氏は、あがき続けた苦悩の日々のなかで何を学び、掴みとったのか。ゆっくり話を聞いた。

ある日のコースは、自家製のアンチョビを、ごく薄く切った長芋で巻いた一品、トマトのムースの上にトマトのジュレを重ねた一品、何種もの野草に近隣牧場のホエーのソースをかけた温かいサラダと続き、メインは炭で焼いた上に薪の薫香をつけた魚と肉。シンプルこのうえないのに、ピュアな美味しさに心を射抜かれる料理が並ぶ。

イタリアからスペインへ
15歳で料理の道に入った福本氏は、敷かれたレールの上をただ歩むような日々を過ごした。これではダメだ、何かを変えたいとイタリアに渡った。実は福本氏は片親で、自閉症の兄を持ち、長男として頼りにされ育てられてきた。そうしたすべてのことから自由になりたいと、海外への道を選んだのだ。イタリアを選択したのはサッカーとファションが好きだったから。街場のレストランから星付きレストランまで、刺激的な4年間だったと振り返る。そろそろ別の国へ行こうと考えていた折、知り合った日本人編集者から、スペインの話を聞き、情報を集めるほどがぜん興味が増していった。
早速「ムガリッツ」、「サンパウ」、「ベルナール・ロワゾー」(フランス、その後閉店)などに手紙を送ったところ、「ムガリッツ」から1年間スタジエ(無給で研修する制度)のポジションを準備する返事がきた。しかし、給料なしはさすがに厳しい。7カ月スタジエとして働いたのち、シェフのアンドニー・ルイス・アドゥリス氏に相談したところ、別のシェフを紹介された。
バレンシアの「カ・セント」(現在は閉店)のラウール・アレクサンドレ氏だ。そこで職を得て、すべてはうまくいくかと思われた。が、バレンシアはアジア諸国に対する差別が激しい。一カ月半ほどたって、許せない言葉を口にされてカッとなり揉めごとを起こし、クビになった。