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食&酒

2025.01.19 14:15

神戸のスペイン料理「カセント」 三つ星の苦悩を超えた境地

神戸・三宮にあるレストラン Cà sento

途方に暮れて再びムガリッツのアドゥリス氏に相談し、当時三つ星だったバスク地方の「マルティン・ベラサテキ」へ。その後、スペインの料理学会でラウール氏親子に会う機会があり、和解をすると、スペイン人よりも良い給料でシェフのポジションを用意され、「カ・セント」に腰を落ち着けることになった。

「技術はムガリッツから、素材はカ・セントから学びました」と福本氏は言う。「古典を紐解いたものもあれば、学会に発表するような最先端のものまで、アンドニーは惜しみなく分け与えてくれました」。

素材に関しては、「海老でもトマトでも、美味しければいいではない。その奥にある、どのように調理してほしがっているというトマトの声に耳を傾けることをカ・セントで学んだ」という。素材の違いを知るため、見極めるために生産者のもとへも足しげく訪れた。その営みは神戸における現在でも続き、生産者と密に連絡をとっている。

のちに、創業者のセント氏が引退することになり、ラウールと共同で店をやってくれという話が持ち上がった。嬉しい気持ちでいっぱいだったが、神戸の病院から、母親がALSに罹患したという電話を受ける。説明を聞くうちに、これは日本へ帰国するしかないと悟った。

三つ星の苦悩

慌ただしい日々を経て日本へ帰るも、とにかく、自分にできることは料理しかない。イタリア、スペインで見てきたさまざまな自然や遺跡への憧憬を目に焼きつけながら皿に映すということを繰り返し、店を開いた。「カセント」という名は、セント親子に敬意を表してだ。

日々、遠い西欧へ思いを馳せながら、目の前にある素材を粛々と調理していく。しかし、できることは限られている。だからこそ、料理はおのずとシンプルになっていった。

世の中の料理が複雑になるなかで、逆の道を行くのが自分のできること。それが、突き詰めたシンプルさ、骨太かつ繊細な滋味というカセントの料理の魅力を生んだ。

そうして2年が経過をしたときに、三つ星を獲得したのである。「一つ星をとれたら、セント氏への恩返しになる」と思っていたのが青天の霹靂。むこうで見てきた、三つ星、二つ星とのギャップをどう受け止めていいか、頭の中が混乱して線と点がつながらなかった。

社会的影響力やこれまで以上の忙しさといったことはもとより、「昨日まで楽しかった料理が全く楽しくなくなってしまったんです。毎朝エプロンをかけても、これまでならやる気に満ちていたのに、ただもう、その日一日が無事に過ぎてほしい、そんな思いでいっぱいいっぱいだった」と、絞り出すような声で当時の辛さを語る。
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